第2話 女スパイとキツネ
「ご苦労だったね、アイリ。これで我が社も躍進だ」
「それはそれは、おめでとうございます。で、コチラが今回の請求書なんですけど」
「拝見しよう……ふむ」
「失礼いたします。…なっ!こんな大金っ⁉」
社長の横から請求書を確認した秘書が顔を青くして女スパイのアイリを睨む。請求書に記載された金額を見ればこの反応も納得ではあるが、だからと言って納得できないのが人間だ。
「決して高い金額ではないと思いますよ。世間にバレれば御社が倒産するでしょうし、コレくらいの金額…すぐに取り返せるでしょ?」
この会社がアイリに依頼したのはライバル企業への大打撃。そのための手段としてイメージキャラとして密接に癒着している誠実な色男への色仕掛けだった。
アイリが提供した情報をリークすれば俳優を通り越して、彼に美人をアテンドしていたライバル会社の評判は地に落ちる。
そうなれば、ライバルとしてせめぎ合っていたこの会社がその分の利益を奪い取れるというわけだ。
「確かに、私の腕をもってすればこの額が可愛く思えるほどの利益を出せるだろう。よし分かった。振り込んでおこう」
「そう。ありがとうございます!それではまたご縁があれば―!」
交渉成立を受け、アイリは上機嫌で社長室を後にする。
彼女が日本で仕事をし始めて数か月…火薬の臭いがする外国での仕事に比べて稼ぎこそ減るが、それを補って余りあるローリスク・ミドルリターンな仕事で生活は充実していた。
「顔だけ良いオッサンと寝て二千万。まったく楽な仕事でいいわねぇ…!」
「楽な仕事も悪くないが、たまには達成感のある仕事もいいんじゃないか?」
「あら、どちら様?」
「俺はキツネ。ここ最近じゃ多少は名の知れた攫い屋だよ」
「キツネ…聞いたことあるようなないような」
どちらにせよ真面な人間じゃない。そう判断したアイリはスカートの中に仕込んだ得物に手を添える。
「私、よく知らない同業からの誘いは受けないって決めてるの。他を当たってくれないかしら」
「まぁそう言わずに。コイツは俺個人じゃなくて、こういう人物からの依頼なんだぜ?」
キツネが見せたのは一枚の写真。
そこに写った人物をアイリは知っていた。日本を飛び越え、世界で見ても指折りの資産家・
「嘘じゃないでしょうね?」
「ソイツは自分で確かめるんだな。今日の午後7時、兵頭邸に来てくれ。詳細はその時だ」
それだけ言うと、キツネは人混みに紛れて姿を消した。
アイリはその場から近くのカフェに移動して思案する。兵頭ほどの資産家からの依頼だ…報酬は他と比べ物にならないだろう。だがそれは、仕事の難易度が高いことを意味する。実際、キツネは「達成感のある仕事」なんて言い方をしていたし。
(悪くないかもね)
紅茶に映る自分の顔を眺めながら、アイリは結論を出した。
危険な仕事なんて今更だ。それに報酬が高ければ、それだけ次への繋ぎが長くなる。
「うん?」
テーブルに置いてあったスマホが振動し、画面を確認すると前に仕事で絡んだ会社の副社長の名前が表示されていた。
応答ボタンをタップしてスマホを耳に持っていくと、向こうからは少し小さめな聞き取りずらい声が聞こえてくる。
『おぉアイリ。久しぶりだな…何歳になった?』
「女性に年齢を聞くのはご法度よ?サエル副社長」
『ははっ、もう副社長じゃないんだよ』
「あら、社長にでも上がったの?」
『いいや違う。別の会社にヘッドハントされてね…今はそこにいるんだ』
なら役職だけで言うとダウンしているのではないか。とは言わない。
アイリにとっては今後も利用できるかもしれない人物の一人だ…余計なことは言わない方がいい。
「へぇ?別の会社にねぇ」
『それで本題なんだが…今度会えないかい?』
「ごめんなさい、今丁度仕事が入ったのよ。会うとしてもそれが終わってからね」
『ふむ…そうか。分かった、仕事が終わったらまた連絡をくれないか?』
「了解。それじゃあ、またね」
通話を終了すると、腕時計で時刻を確認する。まだ午前中だ…約束の時間まで余裕がある。
ならば!とアイリは立ち上がり、レジへと向かう。
仕事の詳細を聞く前に…依頼人のことを調べておかなくてはならない。
「
キツネは二人に関する資料…を写した画像を眺めながら笑みを浮かべる。二人とも世界を股にかけ活躍する闇社会の大物だ。そんな彼らが日本の、同じ町に滞在しているのは運命すら感じてしまう。
「コレで確実に手に入るな……あぁ兵頭さんかい?あぁ、感触はいい感じだったぜ。じゃあ午後7時にまた」
今回の依頼主である
「モナ・リザの娘…必ず手に入れてやろう」
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