「愛されたがりのコルダ」外伝〜最低な母〜
マチルダ「自殺なんて…バカみたい。」
コルダの最初の娘、マチルダはそう呟く。
ほとんど無意識だった。
葬儀の準備が進む中、一瞬時が止まったように、
忙しなく動いていた全員が動きを止めた。
ジーナ「なッ…!」
ジーナ「なんでそんな事言うの!?」
ジーナ「お母さんのこと何も知らないくせに!!好き勝手言わないで!!」
コルダの2番目の娘ジーナは、
父の違う姉の心無い言葉に思わず声を荒らげる。
ジーナは心優しく、我慢強い子だ。
普段であればこんな姿を見せることも、
ましてやこんな暴言を吐くこともないだろう。
しかし昨日、ジーナは両親を失った。
父は父を恨むものによって命を絶たれ、
たった一つの「死なない理由」を失った母は、
自らの命を断った。
昨晩のジーナの取り乱しようを見て、
胸が張り裂けそうな思いをした者は、
一人や二人ではない。
その場にいる誰も、
ジーナを責めることなどできなかった。
マチルダ「ッ!」
マチルダ「知るわけないじゃん!!私の事捨てた人の事なんか!!」
マチルダもつられて声を荒らげる。
コルダは自分に似たマチルダを嫌っていた。
マチルダはコルダに恨まれこそすれ、
母親らしいことをしてもらったことは、
ただの一度もなかった。
そのせいで周りからは腫れ物のように扱われ、
長年居心地の悪い日々を過ごしている。
その場にいる誰も、
マチルダを責めることなどできなかった。
キュアノス卿「二人とも、やめなさい。」
ジーナ「!」
マチルダ「!」
そんな中、一夜で二人の妻を失った当主が、
遺影を胸に抱え、会場に足を踏み入れる。
キュアノス卿「二人の気持ちは痛いほどわかるよ。」
キュアノス卿「だからこそ、こんな時に姉妹で争うなんてことは、しないでくれ。」
連日の激務による疲労に重なりこの悲劇、
窶れに窶れ、
その瞳は鈍色に曇り、
足取りすら覚束無い。
おそらくつい先程まで、
立ち上がることすらできなかったのだろう。
マチルダ「パパ…」
ジーナ「キュアノスお父さん…」
マチルダとジーナはすぐに駆け寄り、
その身体を支える。
キュアノス卿「すまなかった。」
キュアノス卿「私が不甲斐なかったばっかりにこんな…」
マチルダ「パパのせいじゃない!」
大好きな父親の力無い姿に、
マチルダの中で更なる怒りが湧く。
父を責めるだけ責め、
自分勝手に死んでいった最低な母。
わがままで常に機嫌が悪く、
すぐに周りに手を上げる最低な母。
あんたはどこまで、
私たちを苦しめれば気が済むのか。
そんな怒りを胸に、
祭壇へ向かう父に寄り添う。
キュアノス卿「コルダはこの写真を見られるのを嫌がっていたが…」
キュアノスはコルダとジールの遺影を、
この家の葬式にしては小さな祭壇に置く。
マチルダ「!」
キュアノス卿「私はこの笑顔が大好きだった。」
そう愛おしそうに妻の写真を見つめる父の傍ら、
マチルダは母の写真に目を奪われていた。
マチルダ「誰……これ。」
そして思わず呟いた。
キュアノス卿「?」
キュアノス卿「何を言っているんだい?」
キュアノス卿「もう母の顔も忘れてしまったのかい?」
違う。そうではない。
毎日のように影から見ていた顔を、
忘れるわけがなかった。
マチルダ「この女は、こんな顔で笑ったりしない。」
キュアノス卿「!」
こんな毒気のない、純粋な少女のような、
心から幸せを感じているような顔。
頭がおかしくなってから見せるようになった、
あの取ってつけたような顔でもない。
マチルダが知るコルダからは、
とても想像ができなかった。
キュアノス卿「……そうだね。マチルダはこんな風に笑うコルダを、見たことがなかったね。」
父の懐かしぶ顔を見て、
写真は随分前に撮られたものなのだと、
賢いマチルダはすぐに気付いた。
マチルダ「じゃあ……」
そして途端に、目頭が熱くなる。
マチルダ「私が嫌ってた女って……なに?」
キュアノス卿「!」
答えを求めるように父を見上げた顔からは、
一筋の涙が零れ落ちていた。
キュアノス卿「それはどういう…」
キュアノスには、
マチルダの質問の意味がわからなかった。
ジーナ「マチルダ…」
しかし聡いジーナはすぐに、姉が初めて、
母を母以外への瞳で見た事に気づいた。
最低な母。
それは誰が見ても明確で、
紛れもない事実なのだろう。
しかし、しかし、
もし「そうならざる負えなかった」のであれば…
コルダはただの、
「可哀想な少女」だったのではないか。
もし誰も彼女に、
娘の愛し方を教えなかったのであれば…
もし誰かが、
コルダを壊してしまったのであれば…
一体誰が、
彼女を責めることができたであろうか。
マチルダが自分を正当化するためには、
コルダを正当化しなくてはならない。
それに気づいてしまったのだ。
コルダ「悪い子!!」
コルダ「あんたなんか生まれてこなければよかったのに!!」
マチルダ「!!」
マチルダの脳裏にコルダの口癖が過ぎる。
いつも自分に対して吐かれた呪いの言葉。
そうこれは、
コルダが「誰かに向けられた言葉」
だったのではなかろうか。
コルダ「こっちに来ないで!!」
コルダ「嫌い!!嫌い!!」
またマチルダの脳裏にコルダの言葉が過ぎる。
父を頑なに拒絶した母。
いつも優しく母を心配する父に、
母は狂ったように暴言を吐き、物を投げ、
その全てを拒絶した。
一体誰がこんな風にコルダを壊したのか…
マチルダ「……」
マチルダは困惑している父をじっと見つめる。
キュアノス卿「マチルダ…君は何を聞きたいんだい?」
父は相変わらず、
何もわかっていない様子で
自分を見下ろしている。
マチルダ「パパ…」
キュアノス卿「?」
マチルダ「お母さんに酷いこと……した…?」
瞬間、またその場が凍りついた。
そしてみるみるうちに、
最悪だった父の顔色が、
更に悪くなっていく。
マチルダ「っ……!」
マチルダは父の手を離し、
会場から走って出て行く。
信じたくなった。
だからこそ気付けなかった。
気付いていれば、
キュアノス卿「……」
ジーナ「キュアノスお父さん。」
キュアノス卿「!」
ジーナは立ち尽くす養父を優しく抱き締める。
ジーナ「大丈夫。わかってるから。」
ジーナ「キュアノスお父さんが理由もなく、お母さんにそんな事するはずないって。」
ジーナ「それにお父さんが許すはずないもん。」
キュアノス卿「ジーナ…」
ここまで真っ直ぐ優しく育ったのは、
父親であるジールの存在が大きいのだろう。
そう、ずっと傍にいてくれた父親の存在が。
ジーナ「だから今度、ちゃんと話してね。」
そう言って姉を追いかけて会場を後にする。
キュアノス卿「……」
キュアノス卿「コルダ…」
コルダ「ッぷ!」
コルダ「あんたまさか、私のためだけにこんな大層な物用意したの?」
いつまでもコルダのあの笑顔が、
あの声が、あの眩しい瞳が、
酷く頭に響く。
キュアノス卿「ああ…そうだよ。」
キュアノス卿「君の笑顔は、それだけ美しかったんだ。」
妻の遺影に背を向け、
支えもないままに歩きだす。
誰もが「最低な母」と指さしたコルダは、
少なくともこの男にとっては、
ずっと「可哀想な少女」であった。
Fin
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