交差する炎

 神獣イリアが敵意を向けて放たれる威圧感は凄まじい重さを含み、立っている事すら許されない。

 それでも立てているのは不思議なものとエルクリッドは感じつつ、隣に立つ仇敵であるバエルが頼もしく感じられるからと気づく。


(認めないといけない、この人は……リスナーとしては本物……)


 彼の行動には謎もある。自分もわからないことがあり、だが、今は義父であり恩師の覚悟を信じたというバエルの言葉を信じ、共に戦うと思えたから。


 とはいえ、バエルによってアセスはファイアードレイクのヒレイしか残っておらず、神獣相手にどこまで戦えるのかはわからない。となれば十二星召達にもと思ってエルクリッドがチラリと目をノヴァ達の方に向けるも、察したバエルがある事を告げる。


「これも神闘礼儀の一環だ、仲間の力を借りようなどと思うな」


「って言われてもあたしは……」


 何故か傷は癒えてるし魔力も三体のアセスをブレイクされたにしては多いとエルクリッドは気づき、それが何故かは思い出せない。

 だが神闘礼儀の一環となれば力を借りられないのも確かだ。十二星召の筆頭たるデミトリアが静観し続けてるのや、ハシュやリリルもカード入れに手をかけずにいるのも合点がいく。


 一方で同じ事をタラゼドがノヴァ達に伝え、それには少しノヴァも驚きつつ手を強く握りまっすぐエルクリッドを見つめる。


「助けられないなんて……そんなの……」


「彼らは自分の力を貸すに値する者かを見定める……もしここでわたくし達が二人に加勢すれば、イリアを手にする機会は永遠に失われます」


 イリアはエルクリッドとバエルに対してのみ敵意を向け、ノヴァらの方へは一切向けずにいる。それもまた神獣の行動が明確な意図によるものという根拠となり、タラゼドの語る言葉にも理由がつく。

 とはいえ神獣相手に挑むのは無謀ではないのか、そんなノヴァ達の不安を焼き尽くすかのように、バエルがカードを引き抜き魔力を込めて熱風を呼び起こす。


熒惑けいこくの星よ、天に君臨する紅蓮の竜に宿り、森羅万象を灰塵とし顕現せよ! 紅蓮妃竜ぐれんきりゅうマーズ!」


 吹き荒ぶ熱風が火炎旋風となり、火炎旋風が灼熱となって引き裂かれると共に召喚されるは紅蓮の王妃たるバエルのアセス。

 美しくも恐ろしき真化したファイアードレイク・マーズはチラリとバエルを見下ろし、次いで隣に立つエルクリッドを見て鼻で笑う。


「余程その小娘を好いてるらしいな……」


「それだけの軽口が言えるのならば神獣相手に一人でいいな」


 冷淡に返すバエルの頭を虹色の羽根を持つ尻尾の先でマーズは小突き、天を見上げ神獣イリアの姿を捉え目を細める。


「小娘、お前も妾と同じ火竜を召喚しろ。あれはお前を試したがっているらしい」


「えっ……あ、はい!」


 凛々しくも気高く、それでいて粗雑な扱いにエルクリッドは困惑しつつもマーズの言葉に応え、ヒレイのカードを引き抜く。


 力不足なのはわかっている、バエルとマーズにも、十二星召にも、イリアにも届かないのも。

 だがそれでも、目指すものの為に乗り越えねばならないならばと、エルクリッドの心が燃え指に挟むヒレイのカードが一瞬燃えてその姿を変えた。


「赤き一条の光、灯火となって明日を照らせ! 頼んだよ、ヒレイ!」


 顕現するは偉大なる火竜の一族。ファイアードレイクのヒレイがその姿を現すとともに、細部に白銀の外骨格を纏っているのにエルクリッドは気づき目を見開く。


「ヒレイ! その姿……」


「よくわからんが、真化、というやつなのか?」


 リスナーとの繋がりがアセスを昇華させていくとは聞いていたが、いざそれが形となると戸惑いはある。

 だがすぐに違うとバエルが告げ、静かに一歩出ながらカードを引き抜く。


「あくまでリスナーの成長に伴ってアセスに変化が出たというだけだ、だがその繰り返しの果てに真化という領域に辿り着く」


 これまでも成長の実感はあったが、超えるべき相手からの言葉は一段と強く深く、そして確かな自信へと繋がるのをエルクリッドは感じ笑みを浮かべた。


 だが今は喜びに浸ってはいられない、カードを引き抜き熱き思いを秘めた眼差しで神獣イリアをヒレイと共に捉え、深く息を吐いて臨戦態勢へ移る。


「行くよヒレイ! スペルブレイク、ドラゴンハートッ!」


 手のひらに乗せたカードを握りつぶすようにエルクリッドがスペルブレイクを使用し、竜の光を纏うヒレイが漲る力を咆哮と共に風を呼び、刹那に飛翔しイリアへと挑む。


 相対するイリアはその場から動かず静かに羽ばたき、その瞬間光の針のようなものがヒレイの周囲に現れ一斉に襲いかかる。あまりの速さにエルクリッドもカードを使う間もなかったものの、多少針に貫かれようともヒレイは構わずイリア目掛けて飛行し続け、十分距離を詰めてから口内に青い炎を燻らせ一気に吐きつけた。


 ヒレイの炎に対しイリアは微動だにせず直撃を受けて炎上し、それにはエルクリッドやノヴァも目を見開くもすぐに警戒心を強め、ヒレイも炎を吐き続け攻撃を継続し全力で倒しにかかる。


(ドラゴンハートの効果が切れるまであと少し……小細工してもどうせ効かないなら正面切って行くしかない……!)


 愚策とわかっててもそれしか手立てはない。だがそれが最も効果があるというのもまた事実で、しかし、イリアの動きがない事がエルクリッドの不安を募らせる。

 力を試しているならばあえて攻撃を受けている可能性は高く、リスナーの判断が次の状況を変えるのは想像がつく。あらゆる可能性を踏まえ、使うべきカードをエルクリッドは引き抜き魔力を込めた。


「スペル発動ファイアブラインド!」


 ヒレイを身体を薄い炎の膜が覆いはじめ、やがてそれが大きく広がり姿まで包み隠す。


 視界を奪い相手を惑わせるブラインド系スペルを防御に応用するやり方にはバエルもほうと感心の声を漏らし、だが仮面の下の目を細めながらカードを使う。


「スペル発動フレアガード」


 バエルが使うのは火属性に対して強固な結界を展開するフレアガードのカード。それがヒレイを覆った瞬間、イリアが大きく羽ばたき身体を包んでいた青い炎を弾き飛ばし、さらに自らの羽根を矢のように飛ばしながら炎と共にヒレイへと放つ。


 その攻撃はエルクリッドとバエルのスペルのおかげで防ぎ切り、その間にヒレイはその場から一度飛翔しイリアの上をとって急降下し攻めに出た。

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