神が動く

(あたしの知らないカード……使ったら、いけない気がする……でも……)


 エルクリッド自身も見知らぬカードの使用に危険を感じていた。使い方を何故かわかっていたとしても、何かが起きてしまうのは予感できる。


 しかし、今、相対するのは仇敵なのも事実で、自分がまだ戦えるというのを察してか構えを解いてはいない。

 戦いは終わってはいない、まだ自分も戦える。だが危険を感じるカードを持つ手は動かず、心が使えと催促されるような感覚の中で、エルクリッドは静かに口ずさむ。


霊術スペル発動……エルトゥ・グラトニィ……」


 その名が口にされた瞬間、カードより放たれる黒い光がまるで何かを求め掴む手のように幾多にも周囲に伸び、光が触れたものが瞬時に削られ消滅する。それはバエルやノヴァらの方にも向かい、すぐにシェダとリオがカードを引き抜くがそれよりも早くハシュが動く。


「精霊の調べ、災禍退ける壁となりて光を閉ざせ! スペルブレイク、フェアリーライト!」


 優しくも力強い光の膜がノヴァ達を覆うように現れ、それがエルクリッドのカードが放つ光を遮り防ぎ切る。が、徐々に削られてくのを察してすぐにハシュが声を飛ばす。


「こっから離れな! 長くはもたねぇ!」


 詠唱札解術に加えてスペルブレイクという二重の高等術の併用をしてハシュの判断は素早く、答える間もなくノヴァ達は今いる場所から上の方へと逃げ、直後にフェアリーライトを突き破る光が座っていた場所を貫き消滅させる。


 そうして無差別に触れるもの全てを消滅させた光はカードへと帰還し、ドス黒い光をまとったそれをエルクリッドが手にし軽く噛むと光が彼女の中へと吸い込まれ、傷が塞がり始めエルクリッドの髪色も黒みを帯びていく。


「ごちそうさま……でも、まだ足りない……」


 砕けるように消滅するカードを離す口から出るのは妖しく、エルクリッドらしからぬ静けさを伴う言葉。それは彼女の纏う空気にも表れ、離れ見守るノヴァも寒気を感じる程に危険なものを放っていた。


「エルク、さん……?」


 ただ一言出たノヴァの言葉の後は、静けさだけが広がる。刹那の災禍、それは驚きと衝撃と、ある者たちには確信を告げる確かな事実。


 しばしの沈黙の後にハッとエルクリッドは我に返り、周囲を見回し自分の傷が癒えていることを身体に触れて実感し、見守っていたノヴァ達が移動してる事などに気づき首を傾げていた。


(あれ……あたしは何してたっけ……えと、バエルのやつにスパーダさんを倒されて……)


 その場で腕を組んで唸りながら考えるエルクリッドはいつもの彼女の姿。ノヴァは安堵しつつも、神妙な面持ちのタラゼドやハシュ達、素直に安心していいものかと戸惑いの色を浮かべているシェダとリオを見て声を出せず、ぐっと言葉を呑み込む。


 その中でフッと笑ったデミトリアが、ある言葉を呟く。


「さしずめ火の幻、といったところか……」


 何故かその言葉が、ノヴァには印象深く感じられた。火の幻という意味まではわからなくとも、その言葉が大きな意味を持つような気がして問いかけようとした、その時だった。


 陽光が青みを帯びて全てを照らし始め、天を見上げた時に太陽に浮かぶ影は翼を広げ飛翔する神鳥イリアの姿。刹那に羽ばたきと共に振りまかれる光がいくつも集まって青い光の玉をいくつも作ると、それが地上に向かって落とされる。

 しかもそれは無差別に落とされるのではなく、状況を飲み込めていなかったエルクリッド一人向けて全て向けられ、強襲的に繰り出される神の力に反応も遅れた事からカードを使う間もなく光が降り注ぐ。


「エルクさん!」


 ノヴァの声もかき消す威光が遺跡を貫き破壊し、その余波が戦いの舞台を砕き崩壊させる。イリアの恐ろしさもだが何故エルクリッドだけを狙ったのか、そして動き出した神獣が放つ明確な敵意も同じく彼女へ向けられるのか。


 疑問は多々浮かぶが今すべき事はとシェダとリオが臨戦態勢となる中、待て、と制止の言葉をデミトリアが告げて目を細め、その視線の先にはエルクリッドがいた場所が映る。

 イリアの攻撃で遺跡が破壊され砂埃が舞う中に五角形が連なり合う結界が見え、晴れると共にその中で守られていたエルクリッドの無事な姿があった。


「エルクリッド! でもどうやって……」


 安堵しつつ疑問が浮かぶシェダの言葉にはノヴァも同じ。咄嗟にカードを使う間などエルクリッドにはなく、シェダやリオ、十二星召の三人もカードを使ってもいない。


「あの結界はクインテットガードのカード効果……となれば、一人しかいません」


 エルクリッドを守ったカードがクインテットガードと呼ばれるスペルと見抜くリオが向く方へと、守られたエルクリッドも目を向けカードを使ったその人物を、バエルを捉え目を大きくする。


 仇敵に命を救われた、いや、そもそも戦いにおいて全力で潰しに来るのに敵を守るとはどういう事なのか、ゆっくり立ち上がりながら問いかける前に歩いて来たバエルの方が口を開く。


「お前を倒すのは後回しだ。今は神獣を退けるのが先決」


「どうして……倒すのも殺すのもあんたにとっては……」


 頭上に留まるイリアを見上げるバエルに突っかかろうと前に出たエルクリッドだったが、刹那にバエルが口にしたある言葉に動きを止めた。


「お前を始末するのであれば二年前にやっている」


 そうだ、と、冷静に考えればエルクリッドはバエルの不自然さに気づくべきだったと振り返る。

 彼程の実力者ならば瀕死の自分を追いかけて確実にトドメを刺すだろうし、それをしなかったのは彼らしからぬ行動だと。


 では何故そうしなかったのか? 考えてみて答えに辿り着くと同時に、バエルもまたその解を静かに口にする。


「クラブス・アリスターはお前に賭けると言っていた。その言葉を信じるに値するだけの覚悟を奴が示したからこそ、お前が俺の前に立つ時が来たならば戦いの場で倒すと決めた」


「クラブス教官が……? あたしを……?」


 懐かしい名前にエルクリッドの闘志が一瞬消え去り、その思い出と共に振り返る過去の記憶が悪夢から別の色を帯びていく。


 バエルに敗北し傷ついたヒレイを庇わんとした時に、自分を助けバエルに挑んだのは義父でありリスナーとしてのいろはを教えてくれたクラブスという存在だ。

 彼が命をかけて自分を守り通してくれたから今生きている、そして、バエルにとっても彼の覚悟が自分を助け、戦いの場で倒すと誓わせてると。


(そうか、だからあたしは……)


 答えが見えた時、エルクリッドの髪色に明るさが戻り神獣イリアが高らかに声を響かせる。


 考えるのは後回し、今はイリアを何とかしなければいけない。そう思ってエルクリッドは両頬を叩いてから目に闘志を宿す。

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