鋭き眼差し

 屋台のある通りから再び闘技場へと戻って通り過ぎ、やがてたどり着くのは政治区の手前にある騎士団の訓練場であった。


「ここって騎士団の……ユーカさんのご主人様は騎士団の人なんですか?」


「いえ、ウチのご主人様は騎士団の人ではありません。ですが有名人なのでこちらで騎士団の方々と手合わせしているんですよー」


 ニコニコと微笑みながらノヴァに答えるユーカは何処か嬉しそうに軽やかに歩を進め、騎士団の訓練場へと入っていく。

 外から見えぬように壁で覆われた訓練場の入口にエルクリッド達が入るか迷っていると、入口に立つ無愛想な衛兵がどうぞと促し中へと進めてくれた。


 通路を抜けてすぐに拓けた場所につき、美しい模様が画かれる石畳の訓練場に一瞬目を奪われそうになる。

 だがそれ以上に、全身切り傷だらけで倒れている騎士達の姿と、中心に立ち青のマントを靡かせている凛とした女性の姿に、エルクリッド達の目は奪われた。


「クレス様ー、強そーな人連れてきましたよー」


「ご苦労。なら次は根性なしの騎士共をつまみ出せ、邪魔だ」


 美しい赤の目は宝石のように美しく、整った顔つきから繰り出される言葉は辛辣を通り越していた。

 ユーカもはーいと答えて慣れた様子で倒れている騎士達を外へと引きずり始め、入れ替わるようにクレスと呼ばれた女性がエルクリッド達を捉えて目の前へとやって来る。


(な、何この人……怖い!)


 鋭い眼差しに穏やかさはなく、エルクリッドも戦慄し無意識にカード入れへ手が伸びる。

 と、留め具に指が触れる瞬間にクレスが腰に携えていた剣を引き抜いてエルクリッドの首筋に刃をつけ、一瞬のそれにノヴァとシェダは驚きつつもすぐに剣は引かれた。


「な……い、いきなり何すんのよ!」


「さっさと構えろ、戦うぞ」


 紺碧の髪を靡かせて踵を返すクレスはエルクリッドの言葉など完全に無視し、それには手を強く握り締めるエルクリッドの闘争心に火がつく。


「シェダ、先にやらせて、この女はあたしがぶっ倒して……」


「まとめて相手してやる、二人がかりで来い」


 余裕か自信か、エルクリッドの闘争心に怯むどころか意に介さないクレスの態度にはシェダも目を細め、静かに襷掛けしているカード入れの位置を調整してエルクリッドと共に前へと進む。

 ノヴァは後ろへと下がり、片付けを終えたユーカが何処からか持ってきた椅子を差し出され、それに座って観戦する形になる。

 

「く、クレスさんって怖いです……」


「ウチも最初はそう思いました。あ、ご存知ないんですか? クレス様の事?」


「あっ……! まさか深淵の剣士様の!?」


 ユーカに促されてノヴァが身体を跳ねるようにして何かを思い出し、彼女が口にした深淵の剣士という言葉を耳にしてエルクリッドとシェダも目を大きくし、闘争心をさらに高めた。


「マジかよ……十二星召とこんなとこで会うなんて……!」


「しかも前任者を倒してその座についたって話だよね……本気でやらなきゃ勝てないかも」


 十二星召クレス・ガーネット。前任者を倒してその座を継いだことは知られているが、どのようなカードを扱うかなどは全く不明のリスナーである。


 ある噂では相対して生き残った者がいないからなどと言われているが、対峙するだけで常に剣を喉元に突きつけられてるような感覚が襲い、噂も嘘ではないとエルクリッド達は思わされた。


(エルク、まずは私が出ます)


「うんわかった。お願いします、スパーダさん!」


「誇り高き魔槍の使い手よ、その疾き技で勝利を貫け! ディオン、頼むぜ」


 エルクリッドは金の鎧を纏いし幽霊騎士スペクターナイトのスパーダを召喚し、シェダは魔槍の使い手魔人ディオンを召喚して準備完了。

 一方のクレスは先程抜いた剣を持ったまま肩幅に足を開いたままであり、しばしの沈黙の後にエルクリッドが声を飛ばす。


「さっさと召喚したらどうなの」


「ここにいる」


「ここに、って……まさか……!?」


 ゆっくりとクレスが白刃に黒の峰を持つ片刃の剣を全身が見えるように構えてみせ、微かではあるがそれからアセス特有の存在感があるのをエルクリッド達は認識し、驚愕する。


「剣がアセス……!? そんな事が……」


「エルク、落ち着いてください。あの剣は魔剣アンセリオン、人から人へ渡り行くうちに思いを吸って人格を作り出した魔剣です」


「人格を得てはいるがゴーレムのような生命を得てるわけではない為、魔力消費が極端に少ないのだろう」


「よくわからねーけど……でもそれじゃあのクレスって人は自分が戦うってことじゃねーか、いいのか?」


 過去の時代を生きたスパーダとディオンはクレスのアセスが魔剣アンセリオンと見抜き、その性質を伝えられたシェダと同じようにエルクリッドもクレス本人を相手にする事に気が引けた。


 普通ならばアセス同士が戦い、命をかけた戦いでもなければリスナー本人を狙う事はない。だがそれを自分から進んでやるリスナーが、アセスを手に戦うリスナーがいるなどとは思えず怯んでしまう。


 そんな二人に向かって魔剣の切っ先を向けながら、クレスは凛とし言い放つ。


「リスナーはアセスが全て負ければ戦う術を失い死ぬしかない。それだけの話だ、何の問題がある」


「そ、そんな極端な……せめて円陣サークルくらいは……」


「必要ない。御託はこのくらいにして始めるぞ、死にたくなければさっさと失せろ」


 虚勢でもなければ駆け引きでもなく、本気で命のやり取りを望むクレスの態度と信念にはエルクリッドとシェダは断る事も、退くという選択もなかった。

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