第11話 おつかい

「今から諸君らには働いてもらう」


「いまも勤務中ですよ」


 

 店長から招集できてみれば。



「いいや。他の店と比べて君らはあまりに働かなすぎだ」


「そらあんたの店が決まった客しか来ないからでしょうが」


「そうですよ。新規参入も大事です」


「まぁ考えておく。けど今日は遠征を頼みたいんだ」


「遠征ですか?」



 雑務ではないのか。



「少し遠い大型の書店までね。時間的には問題ないはずだから」


「行ってどうするんです?」


「ここにない良作を見つけて来てくれ。当然ウチで扱うのを前提に」



 つまりわざわざ遠出してエロ本買ってこいってことか。


 急を要する案件でもないよな。



「費用は出すからさ、余ったら好きに使っていいし」


「お! となれば行きましょう佐伯さん」



 それもそうかということで行くことにした。




***




 朝ほどではないがホームは割と混んでいた。



「一緒に出掛けるのは初ですね」


「確かにな」


「初デートがおつかいとは趣がないです」


「デートって……」


「男女がふたりで出かけてるんですから」



 意識してなかったけどそうなるのか……。


 そう思うと隣の女子が普段より異性として映る。



「顔こわばってますよ?」


「そ、そうか?」


「佐伯さんのデートDTももらっちゃいましたね私」


「なんでデートしたことない前提になってる。それと「も」ってなんだよ」



 いつ俺がお前に捧げたんだよ……。



「デート経験あるんですか?」


「ないが?」


「でしょう」



 ふふっと嬉しそうに笑われた。


 嘲笑の意味しかないのが明らかで腹立つな。



「安住はあるのかよ」


「えぇ、ありますよ友達の女の子と何度も」


「はぁ?! いやそれ……」


「私の中ではそれもデートです」



 そういうわけか。


 本人は至って現状を意識してないのは。



「ほら、これ乗りますよ」








「うぅ……きついな……」


「この前の佐伯さんの壁ドンを思い出しますね」


「あの件はもう掘り下げないって約束しただろ……」



 予想してたが、


 電車は想像以上に混雑していた。



「今度こそ下半身の立体機動装置がヤバいですか?」


「誤作動はそうそうないから安心しろ」


「なぁっ!? 誤作動ってどういう意味ですか!」



 なんて軽く返してるけど……。


 正直……さっきから胸が押し当てられてるせいで色々しんどい、


 意識をそらすのに体力を持ってかれる……。



「どわぁっ!!?」



 電車が大きく揺れた。


 とっさに安住がぎゅっと俺の腕をつかむ。


 掴まる所がなかったんだろうけど、


 そんなこと関係なく体がびくっと反応する。



「あ……」


「す、すみません……!」


「だ、大丈夫だから!」



 そこから下車まで沈黙が続いた。



 

***




目的の書店の中はかなり広かった。


各自で目についた本を漁って過ごした。



「それ結構性癖な感じです?」


「いやー悪くないけど、そんなにかなぁ」


「お、素直に教えてくれた」


「やべっ……」



 会話に慣れてきたせいだ。


 探られてるのに気づかなくなっている。



「なんで「こいつ……」みたいな顔するんですか」


「はあ……つーかなんでそんな探りたがるんだよ」


「なんでだと思います?」


 

 嬉しそうに聞き返す笑みに、心臓を掴まれる感覚を覚える。



「やっぱりなんでもない」


「えぇーー」












 購入を済ませて安住が立ち読みしていた辺りに戻ってくると、



「こういうの読むの?」


「は、はい?」



 爽やかな雰囲気の男性が声をかけていた。



「ボクもこういうの読むんだよね。意外とか変わってるって言われるんだけど」


「はぁ……?」



 知り合いではないみたいだ。


 要するにナンパ? みたいなことだよな……。



「どういうジャンルが性癖なの?」



おい、それ以上は踏み込みすぎだ。


セクハラだぞ。


 あ、でもこいつもしょっちゅうやってるか。



「ちょ、そういう聞くのはどうかと」



 お前がいうか。


 でも、なぜか俺も憤りに似た感情を抱いている。


 でも……俺に割って入る資格があるのか?


 動きたいけど動けない。


 

 すると安住がおもむろにこちらを指さす。



「ほらあそこで彼女をNTRされた絶望顔を晒してる人がいますよね。じゃあ、そういうわけなので」


「俺のことか!? しし、してないわ!」



 男が俺を見た隙に、安住がすっと離れてこっちに来る。



「おっと、ごめんねぇ彼氏くん。ボク略奪系はヘキじゃないんだ。それじゃ」



 なんだこいつ……。


 けどそれ以上何もなく、その男はあっさりその場を去った。



「彼氏くん(が)見ってるー作戦成功ですね」


「もっと他の方法なかったのか」


「それより見てたのに助けてくれなかったのはちょっと寂しいです」


「あ、いや、それは……ごめん」


「物珍しさで見てたんですか?」


「いやそういうわけじゃ……」



 単にナンパだ、って関心したのは一瞬だけだ。



「頭がこんがらがってすぐに行動できなかった。すまん」


「そ、そんなに謝らなくてもいいですよ」



 言われて少しほっとする。


 でも気を付けないとな……。


 ホントに強引な奴のときもあるし。



「爽やかイケメンに取られちゃう! って焦ったんですよね。しょーがないしょーがない。あははっ」


「…………」


「ちょっ、なんか言ってくださいよ?!」



 あながち間違ってない気がして返答に困った。



「まさかホントに鬱〇起……」


「視線を落とすな! してねえよ」



 気を遣ってなのかいつもの調子に戻る安住。



「俺をからかわないと死ぬマグロかお前は」


「誰がマグロですか、私もやるときは!」


「そういうとこだっての!」


 

 でも茶化してくれて助かった……。


 さっきの空気のままだと帰りが気まずいし。



「まあいいです。で、何買ったんですか?」


「あぁ、一応このへんだけど。うちの店にないってのが決め手だからな」


「ほうどれどれぇ……」



 中身を見るとしばらく黙りこむ。


そして俯いてショートし始めた。


 頭からプシューと煙の演出が見えそうだ。



「佐伯さんこれ……」



 そういって自分のレジ袋から同じ本たちを取り出す。



「なにっ!?」



 何冊か買ったけど丸被りってことあるか?


 しかも買った大半が、同級生との恋愛(R18)モノとか。


 これはもう羞恥とかを超えて死にたい。



「店長にどう説明するか……」


「予備って事で……」


「おう……」



 致死量の恥ずかしさを浴びて何も言えず退店。


 帰ってから、無駄遣いすんなって普通に怒られた。


けど説明のしようがないのでただ謝る俺らに店長は呆れていた。



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