第8話 無駄遣い

 事務室に入ると先に安住が来ていた。


 なにやら紙袋を手に持っている。



「なんだそれ、店長に頼まれたものか?」


「いえ、私が最近通販で買ったものたちです」


「へぇ」



 バイト代で買ったんだろうな。



「開店まで時間あるのでちょっと見てくださいよ」


「あぁ、丁度気になってたし」


「じゃあいきますよー。まずこれです!」



 ガサゴソと取り出したのは黒いボール、


 にベルトがついたもの。



「ん? なんだそりゃ」


「ボールギャグって名前らしいですけど」


「なんか見たことあるような……あっ」



 ドヤ顔でピンと指を立てる安住。



「それです。“口かせ”ってやつです」



 穴が開いたゴムボール。

 

 それを口にハメて喋れなくするアレだ。



「それ買ってどうすんだ。使うのか」


「どんな感じか興味あったので」



 そう言うとさっそく装着した。



「もー! もふっがもまもふーもが!」



 当然モガモガとしゃべる安住。



「何言ってるかわからないから外してくれ!」


「もがっ……ぷはぁっ」



 留め具を外して深く息を吸う。


 穴があるとは言えど酸欠になるのか。



「これ結構苦しいです……うへぇ」


「ひとりで盛り上がってへばられても……」


「佐伯さんもやります? どうぞ、私のおさがり」



 外したそれを差し出してくる。



「いや、遠慮しとく……」



 いまので既にちょっと興奮したけど……。


 自身の尊厳のためだ、断ろう。



「もう、間接キスを気にするのは中学生までですよ?」


「それ以外に気にする所があるだろ!」


「お気に召しました?  私の拘束された姿は」


「自分でつけてたけどな……なぜか悪い事してる気分になったよ」


「ふふ、そうですか。今日はこれで仕事しようかと思って」


「絶対やめろ」



 うちがSMの店と勘違いされてしまう。


 これ以上ゲテモノ色を加えるのはまずい。



「レジとかできないだろ」


「そこはこう、ふがふがーっと」




***




「そう、もうひとつ買ったんですよ」


「またそういうグッズか……」


「今度は健全です」



 期待はしないけどなんだろう。



「これです、じゃじゃーん」



 またゴム製っぽい……なんだ?


 薄くて小さい丸い……。



「今度は本当にわからんな」


「ふふっ、男性の方はそうかもですね」



 というと、なにか美容系か?



「シリコンパッドです! 俗にいう胸パッド!」


「あぁ、こういう感じなのか。リアルで見るのは初めてかもしれん」



 待てよ……。


 てことはこいつは胸について気にしてるのか?


 俺の考えを察したのか、安住が動揺しはじめた。



「や、ででも私が気にしてるとかじゃないですよ?! そこは、気を遣わなくて大丈夫です……!」


「そ、そうか。いや、勝手に深読みしてた、すまん!」


「いえ、というよりも……」


「?」



 そう言って胸元を指さす。


 なんだ?



「今すでにちょっと“盛ってる”んですよ、私?」


「あ、そうだったのか……! すまん、て言った方がいいのか?」


「ええ、すまんですよ」



 不機嫌そうな、複雑そうな顔をする安住。



「ちゃんと女の子の胸を見てないって今回でよーく分かりました」


「むしろ俺の潔白が証明されてよかったんじゃないか?」


 

 常にがっつり見ててもそう気づけないだろ……。


 それか露骨に巨乳にならない限り。



「比較がこれです」



 携帯で画像を見せてくる。


 こうして見せられればまぁ分かる。



「うぅん、すまないとしか」


「もう、女性のささいな変化に気づけないのはダメですよ」


「男にとってはその“ささいな“が難しいんだ……」



 多少なり、気づくと期待してたんだろう……。


 ちょっと申し訳ないな。



「指摘してくれると思ったのでショックです」


「どう言えと?!」


「『響香ちゃん……今日、そのぉ、おっぱい大きいね、ぐへへへ』とか」


「お前は、それで嬉しいのか……」


「佐伯さんじゃなかったら通報だけで済まないですね」


「結局俺も“お縄“かよ!」


「寂しくないように定期的に面会に行きますね」


「どの口が言ってんだ」


「あははっ、まあいいです」



 けらけら笑う安住。


 そして名案を思い付いたように語りだす。



「そうだ、今度のバイト来るたび1枚ずつパッドを増やしていきますね」


「なんだそのドッキリみたいな企画」


「そうして佐伯さんのお好みのサイズを調べていくので。ふふっ、覚悟しといてください」


「気が休まらないから勘弁してくれ……」


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