第4話 友人の襲来

 入店してきた男の姿を見て冷や汗が滲むのが分かった。


 すぐさまレジを離れ同僚の姿を探す。


 案の定陳列棚の本を物色していた。


 俺は安住の姿を覆い隠すように詰め寄った。



「……さ、佐伯さん!?」


「しぃーっ!!」



 図らずとも壁ドンの体制になった。


 が、こちらはドキドキしている場合じゃない。



「どうしたんです? ついに淫欲を抑えきれなく……?!」


「ちげえよ」


「だってその、固いのが……」


「当たってない。至って通常時のそれだよ」


「じゃあなんです?」


「高崎ってわかるか? 俺らのクラスの男子」


「あぁ、佐伯さんといつも話してる」


「そうだそれ。そいつが来てる」


「うっ。マジですか……」



 顔を引きつらせる安住。

 

 こいつもこの状況はマズイと感じているようだ。


 ゲテモノが揃ったこの店で俺とバイトしてる。


 ばれたら色々邪推して勘ぐってくるに決まってる。



「あ……」



 固まる安住。


 視線の方を見る。


 本の隙間から棚を隔ててすぐ近くに高崎がいるのが分かった。



「早急に退避!!」


「いや、待って下さい」



 安住は真剣な顔で手首を掴んできた。


 高崎にバレないよう小声で問う。



「なんだ。早く退避しないと……」


「この状況なんか、ムラムラしませんか……」


「あ?」



「バイト中にこっそりえっちするシチュの疑似版ですよこれ」


「意味がわからん、早く隠れるぞ」


「ほらそっくりですよこの『バイトの後輩と背徳えっちに堕ちていく夏休み3』に! たしかこれの……」


「見せなくていい!!」



 棚からすっと取り出してペラペラめくりだす安住。


 商品の位置を把握してるのはいいことだが……。



「いいんですか? 全米がヌいた名作ですよぉ」


「んなもんの英訳があってたまるか」



 そんなことより。


 ……覆い隠す体制が続いてかなりいたたまれない。


 ふわっと香る飴色の髪とか体の凹凸のせいで否応なしに意識させられる。



「佐伯さん?」



 安住の声で、悶々としていた意識が戻された。



「な、なんだ」


「いやぁ『勢い余って密着してしまったがDTの俺には刺激が!』みたいな顔してどうしたのかなって」


「っせえよ!? はやく移動させてくれ」


「えぇー、じゃあ最後にいいですか……?」


「なんだ……」


「私が壁に手を付くので————」


「却下っっ!」




***





「おぉ、いたのか」



 若干上ずった声で高崎を呼ぶ。



「お! 佐伯やっぱ入ってんじゃん。見当たらなかったから見間違いかと」


「見間違い?」


「お前バイト先教えてくれないからさ、尾行してきた!」


「犯罪……」


「理由も言わずに隠すお前にも非がある」


「いいだろ別に」



 会話しつつ高崎の後方の見える安住に視線を送る。



(今のうちに突っ切れ……! そんでバックヤードに隠れてろ)


(はい……ヌキ足、挿し足ですね……)



「で、書店員さんよ。おすすめのラノベ紹介よろ」


「はあ、自分で探せばいいだろ」



 予想はしてたけどやっぱダル絡みしてくるか……。



「そう言わずさぁ。あ、佐伯がヘキに刺さったって言ってたあれ、なんだっけ?」


「は、はあ? そんなんあったか……?」



 白々しくごまかしたが……。


 高崎の発言を聞いた途端安住の動きが止まる。


 それから嬉々とした瞳でこっちを見てきた。




「(私、気になります!!)」


「(失せろっ!!!)」



某推理モノのヒロインの様な表情が余計イラつく。


どんだけ知りたいんだよコイツ……。



(早く行け!! バレるとまじでコイツは面倒だから!!)


(ちぇーっ。分かりましたよぉ)



 自身の危機でもある為かさすがに安住も折れた。


安堵していると、高崎が合点がいってようにポンと手を叩く。



「あぁ!! 確か『クラスメイトは放課後ボクの性処……』」


「お゛ら゛ぁぁああ!!!」



 下から突き上げる様に高崎の腹部に拳を叩き込む。



「うがふっ!!??」



 断末魔と共にに倒れこむ高崎。



「……ふぅ、男は黙ってステゴロだよな。うん」


「うぇへえぇ、将来子どもが産めない体になってしまう……」


「大丈夫か? おかしなこと言って」


「………………」


「ん?」



 すでに隠れたのか、前方に安住の姿はなかった。




***




「じゃあ、これでいいんだな?」


「あぁ、『帰省したら従妹に逆レ性教育で歪まされた件』気になってたからな」


「なら最初からこれ買って帰れよ……」


「つめてえ店員だなぁ」


「はいはい」



 生き返った高崎に本を選ばせ、速やかにレジに促す。


 カウンターに入った瞬間、自分の顔が歪むのが分かった。



(おい…………安住)


(ふふーん、どうぞ座ってください?)



 カウンターの天板の下に安住が潜り込んでいた。



「どうした?」


「いや。なんでもない」



 高崎に悟られるわけにはいかないので座るしかない。


 早いところ会計を終わらせよう。


 下を見ないようにイスに座った瞬間。



「……ひゃぅっ!?」


「!? ……なに気色悪い声だしてんだ?」



 下にいる安住が脚をくすぐってきた。



「い、いや悪寒が」


「奇遇だな、俺もだ」



 視線だけ足元に向ける。



(はははっ女の子みたいな声出てますよ? 次『らめえぇ』いっちゃいましょうか)



 にやぁっと下卑た笑みを浮かべている。


 あとでぶっ飛ばそう。



「……はい、682円になります」


「へいへい」



 会計も済んであとはこいつを追い出すだけだ。


 安堵からか冷や汗が引いていく。



「佐伯だったらさぁ」


 

 思いついた様に切り出す高崎。



「?」


「こういう店で知人がエロい小説とか読んでたらどう思う?」


「知人って?」


「んーそうだな、じゃあクラスの女子とか」


   

 なんだ急にこの質問は。


 見透かしてるのかと疑いたくなるレベルだ。


 バレてないとは思うが冷や汗がまた滲みだす。



「お前は?」


「おれだったら本人の勝手とは言え、イメージとのギャップは食らっちゃうだろうなあ。清楚系の人なら尚更」



 至極当然の反応だ。


 俺も同じだ、で済ませばいい。


 けど今回に限っては返答を聞いてるやつがもう1人いる。


 少し考えてから慎重に答えを述べる。



「俺だったらその場では何も言わないかな。でも後々本人から共有してくれるようにもっと仲良くしたい、多分」


「ほぉー。珍しくまっとうな意見だな」


「個人的な理想を言っただけだからな」



 理想を答えただけで、気を遣ったわけではない。



「ふーん、りょーかい。そしたら帰って早速読むわ。感想言うわ今度」


「はいはいー」



 高崎は店内に残ることもなく素直に帰ってくれた。


 はぁ、と一息つくと脚にぽふっと感触があった。


 見ると、俺のひざに安住がおでこを当てて突っ伏していた。



「なにしてんだ………」


「…………休憩です」



 安住はしばらくその状態から動いてくれなかった。

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