バイト先のエロ本屋にクラスの女の子が入ってきたんだが。
坂部鮭
第1話 残念なお知らせ
俺の平穏が崩壊したのは数時間前に遡る。
今日もバイト先であるこの書店で暇を持て余していた。
となると店内の本を物色しだすのは当然というか、ルーティンのようなもので。
ここは店主の嗜好がかなり反映されているというか……成人向けの小説や漫画の取り扱いにたけているのだ。
気になる一冊(『聖女さま懺悔のお時間です!』)を手に取り、陳列棚の前で読み始めた。
他に客もおらず、しばし読みふけってしまっていた。
完全に油断していた俺だが、耳元に吹き込まれた声で現実に引き戻された。
「あぁ……! 聖女さまその調子です! もっと舌でチ〇ポを甘やかすように……ぁああ!」
もちろん俺がこんな文を声に出して読む大馬鹿野郎なわけはないので。
「ん? へ……?」
すぐさま横に立っている女子の存在に気づいた。
その顔を認識した途端血の気が引いていく。
理由などどうでもいい。
とにかく目の前にいるのがクラスメイトだという事がこの上なくマズかった。
「あ、安住……?!」
「こういうの読むんですね佐伯さん」
栗色のミディアムヘアで、美人と可愛いの間くらいの顔。
安住 響香はにまにましながらこちらを見ている。
「なんで安住が、こんなとこに……」
「こんなとこって本屋くらい誰でも来ますよ」
「そうだが、ここのはゲテモノというか有害図書スレスレな代物もあるし……」
「いま読んでたそれとかですか?」
「…………」
背後に隠したそれを指さされ、黙りこむ俺。
聖女の助けを求めたくなる状況は店主の登場で打開された。
「おぉー響香か。5分遅刻だぞ」
「えぇー? ちゃんと来てました私。丁度に」
「じゃあなんで声かけないんだよ」
いやそれは……と説明しそうになった安住を止めて話を戻す。
「店長どういう事ですか! てか安住と知り合いなんですか?」
「うん、こいつ俺の姪っ子。ほんで今日から暁人君のバイト仲間」
「えぇ? は!?」
「いやいや、事前に言ってはずだよ? 新しいバイトの子が入るって」
「いや、そうですけど……!」
同年代だし普通色々確認しないか? こんな店だし。
てか誰が女子がくるって思うんだよ!
店長の粗暴さは心得てたけど流石に女子を働かせるとは思わなかった……。
「知り合いっぽいけど形式上やっておくよ。バイトでは今日から響香の先輩になる佐伯 暁人(さえき あきひと)君だ」
「はーい。よろしくお願いしまーす」
軽く会釈する安住につられて俺も応答する。
「じゃあ俺今日用事あるからあとは2人に任せる」
「え、ちょっと待って下さい!」
「店の鍵は響香に預けてあるから大丈夫ー」
「そっちじゃない!」
『業務は佐伯君が教えてあげてねー』と言い残し店長は退勤した。
安住を雇った動機はこうして自由に帰れるからだろうか。
こちらの心境とは裏腹に平坦な口調で安住は言う。
「じゃあ佐伯さん、私でもできる業務があれば教えてください」
「はあ、分かった」
今だに女子がこんな店にいることに違和感を覚えつつ、簡単に説明した。
「こんな所だな。今の時間客足はそんなにだからテンパることもないはずだ」
「分かりました」
「「…………」」
沈黙が生まれて気まずい……。
「まあ適当にくつろいでればいいって言ったら変だけど、商品の本も汚さなければ、物色しても」
正直レジでこいつと2人で沈黙はキツイ。
読書しててくれた方が俺としては助かる。
「分かりましたー」と返し安住はしばらくぼーっとしていた。
その後ふらっと陳列棚の方へ行き、何冊か取って再びレジのイスに座った。
「…………」
最初はその様子を見ないように隣で持参した本を読んでいた。
よく考えればこいつも人の読書を覗いたわけだし……。
視界の端で安住の本の表紙をチラ見した。
『三姉妹ケモ耳眷属の子作りライフ』
「ぶっはっっ!? げほっ、げほっ!!」
完全にR18小説のタイトルだ……?!
てか俺それ読んだし!
動揺で気管に唾が引っ掛かりむせた。
「え、大丈夫ですか?」
お前がな。と言いたい気持ちを抑えて、安住にOKサインで応える。
そうですか、と再び読書に戻る安住。
……いや、俺が読んでたのを見て興味本位で手にとったのかもしれん。
ここは一旦様子を伺うか……。
~1時間後~
安住の様子を横目で見る。
「……………………(「従者たるもの主人の欲情を喜んで受けるのだ!!」)」
「……………………(「はいぃ!! 主様のザー〇ン全力で受け止めさせていただきましゅぅ!!」)」
いつまで読んでんだ!!?
これはツッコんでいいのか……?
でも一緒に働くわけだしここで解決しておくがいいか?
「あのさぁ、安住」
「はい」
髪をいじりながら返事をする安住。
「今読んでるそれ……。安住もそういうの読むのか?」
「え、はいそうですけど」
なんのきなしの返答に言葉が詰まる。
あまりにもクラスでのイメージとそぐわない。
いつも交友のある数人の女子と和やかに話してる印象だし。
「意外ですか?」
「そりゃ意外だよ!! 学校でそういうの読みそうなタイプでもないし」
「え、佐伯さんは学校で読むんですか?」
「いや、それはないな……」
というか学校でエロ小説読む猛者はめったにいない。
「ていうか俺の前で読んでて恥ずかしさとかないのか?」
「先に佐伯さんが恥と性癖を晒してくださったので特には気になりません」
「性癖は晒してねえ」
「違うんですか? 私の中では聖女が性癖って事になってますけど」
「いますぐ取り消してくれ。にしても随分落ち着いてるなお前? お互い隠してた面を知られたってのに」
「佐伯さんがこの秘密をネタに私を性奴隷にするってシナリオもあり得ると?」
「あり得ねえから安心しろ」
「それはそれで見てみたいですけどね」
「ちょっ、そういうの急にぶっこむなよ……」
「お、いい反応しますねぇー。どれどれー?」
安住がふふっと笑いながら顔を覗き込んできて咄嗟に顔をそらす。
顔と耳がすこし熱くなっている感じがして俺は陳列棚の方に退避した。
こうして、くつろぎ空間だった俺のバイト先は予想外の異空間に変わってしまった。
読んでいただきありがとうございます!
一旦20話くらいまで連続投稿してみます。
感想を書いていただけると助かります。
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