第2話 会議室

「あんたが、新しいマネージャー?」


 会議室に入ると、既に立ち上げられていたパソコンのモニター越しに声をかけられた。声にも表情にも険がある。たしか清楚系のアイドルと引き継ぎ書にはあったはずだが?


「はぁ?清楚系アイドルなんて、今時流行らないでしょ?あんたも頭、昭和なんじゃない?」


 見た目は可愛らしいし、声も悪くない。ただどうやら性格には難があるようだ。無論、過去のアイドルも清楚とは程遠い人物が山程いたのは知識としてある。


「当たり前でしょ?清楚系なんて幻影。アイドルだって、今、流行りの脱北系アイドル[ジョンイル]なんて歌って踊る前にマクラ営業してるじゃない。デビュー前に白赤歌会戦に出場決まるはずだわ」


 どうやら偏りある情報にも晒されているらしい。前任者も色々大変だっただろう。それはヘイトだと指摘すると、平然と反論してきた。


「ヘイトじゃないわよ。それに朝流アイドルなんて、ダンスと称し、ノリ良い音楽に合わせて、だけじゃない。試しにラジオで聞いたら区別つかないわ。恥ずかしくないのかしら」


「区別つかないといえば、地名系の合唱団もそうよね。握手券のオマケで歌を売ってたアイドルグループ。馬鹿なヲタク共も流石に騙されなくなったらしいわね」


 他のアイドルとはいえ熱心なファンにたいして酷い言いようだと思うが?


「30枚もCD買うファンなんて、馬鹿としか言えないじゃない。それにそんなヲタク達を搾取して酷い事したのは奴らのほうよ」


「まぁ、悪いのはあんた見たいにアイドルの後に居るやつなんだろうけどさ。裏では蛍アイドルみたいに自身も喰われてたりしただろうし」


蛍?


「教養ないのね。蛍大名とか知らない?小姓から、で出世した大名の事よ。男性アイドル達いたでしょ。まぁ彼らも被害者よね。テレビ局も、黒幕の目の黒いうちはダンマリ、海外テレビ局の告発さえ、最初は無視したんだから」


 少し話を変えよう。瀬咲君、君はどんなアイドルになりたいんだい?どうやら可愛いだけでなく、歌唱も出来る事を希望している様に見えるけど。


「歌は必須でしょ?可愛いだけじゃダメに決まってるじゃない。でも歌だけでもダメ。歌は上手いし、ラジオでも声だけでわかるけど、顔出しNGのメンヘラの[キョド]をアイドルとは言わないでしょ」


「でも、ドラマやアニメタイアップでの売り出しも止めてよね。歌を聞いた時頭に浮かぶのが歌い手じゃなく[名探偵コナミ君]だったりする歌手とか最悪よ」


 会社としては権利や利益考えるとタイアップ系に選ばれるぐらいの歌手、アイドルになってもらいたいんだが。社長からは君に投資した資金の回収を求められている。


「そこが本音ね、文化の担い手とかの意思はないのね」


「まぁ[落花生ナッツ]も売れてからは毒が無くなったし[火遊び]も心情系から売れること重視に歌詞変わったからね。[ミス赤リンゴ]も似たような歌ばかりだし」


 好きな事をただ歌ったり、高尚だと称して、大衆に受け入れられない歌を作っても、今の社会では成り立たない。[水森暗菜]や[松本聖功]など過去のアイドルに囚われているのは君の方ではないのかな?


「過去に囚われる。確かに[水色白詰草A]とか30過ぎてまでアイドルは哀れね。[遇ヒロミ]なんて還暦過ぎて滑舌も悪いのに未だに『グゥグゥ遇』なんて言ってるのよ。しがみついても醜いだけ」


「バンド系も、旬過ぎたら解散すべきね。中年で体制に順応したロックなんてみっともない。挙げ句、国から勲章もらって喜んでるのよ。ロックが生き方だって言うなら、勲章なんて帰りにお掘りに投げるべきよ」


 話をずらすのは、やはり上手いな。では[ネギマミク]とかはどうかな?特徴的なデザインと少し機械がかった声。老いる事はないし、下手なアイドルよりも売れて利益も出している。


「あれはただのプラットフォームでしょ?まぁ中身がないから本物の偶像アイドルなんだけど、扱いは仏像と変わらないわ。違いは歌う機能のあるなしだけよ」


「求めるのがならプラットフォームを公開してバーチャアイドルに投資すべきね」


 その後も私は色々と瀬咲愛と話をした。返ってくる返答は概ね批判的でアイドルらしさは殆どなかった。


 ただ歌わせた歌だけは流石に上手く、素人っぽい歌声から、ロック、あげく演歌まで何でも歌えた。


 途中、声の仕事として声優について訊いた時は

「声優?アイドル声優とかいう暇あったら演技学べっての。真剣に演ればアイドルより長く食えるんだから」

とにべなく言われたが。


 夕方、退社時間近くになってから私は会議室を出た。明後日には[瀬咲愛]について社長に報告書を提出しなくてはならない。

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