プロトタイプアイドル

弓納持水面

第1話 社長室

 社外で遅い昼食をとり事務所に戻ると、社長室に来るように言われた。要件は分かっている。


 我が社がプロデュース予定のアイドル瀬咲愛せざきあいのマネージャーが、ろくな引き継ぎもせずに転職してしまった後始末だろう。


 前任者とは麻雀仲間で、そこそこ付き合いはあったが、転職サービス[ビズダマテン]に登録している事さえ知らなかった。ただ広い様で狭い業界だ。奴と再び顔を合わせる事もあるだろう。


 私は社長室の扉をノックし返事を待ってから部屋に入った。


「失礼します」


「忙しい所、すまないね」


 形式的な挨拶を済ませ社長室の接客ソファーに座る。実は私は社長に会うのは初めてだ。先任の社長が経営を誤り、同業他社に買収される形で合併したばかりだからだ。


 先任の社長並びに役員は全て辞任。役員以下の従業員の雇用は維持はされたが、待遇は下った。前任者が転職したのも、そのあたりが原因だろう。


「おおよそ察してるかと思うが、君を呼んだのは瀬咲愛せざきあいの事だ」


「はい、引き継ぎ書にはアイドルとして育てると書かれています。ただ有力者へのは反応が『いま一つ』とありますね」


「どうやらその様だ。私も見たが……あまり良くなかった」


 新社長は業界ではコストカッターとして有名だ。アイドルの瀬咲愛が金にならないとなればプロデュースは中止になるだろう。


「そこで君をマネージャーにする事にした。なに、仮の話だ。この後、してみて瀬咲の資質を見極めて欲しい」


 新社長はデスクに置かれたコーヒーを口にする。話の最中に飲食して見せるのは、立場が上である者の証だ。


「我社に貢献出来るなら良し。使い物にならなければ、プロデュースは中止にする。投資資金は回収されねばならないからね」


 私が了承した旨を伝えると、面談用に会議室を用意してくれているという。確かに瀬咲の件は社内機密になっている。まぁ公然の秘密という奴だが。


私は一礼して社長室を出た。

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