俺にだけ見えてるらしい


 俺はスーパーで働いている。長い事働いているとなると、変な客と出会うことも有る。


 俺が見たその客は爺だった。

 腰の曲がった背の低い爺で、いつも汚れた格好をして、近くによってくるだけで匂いがする。


 店に入ったときからずっと、ないなぁ、ないなぁ、と小さい声で言いながら、店を一周して出ていく。

 何か商品を買っていくことはない。


 奇妙なのは、その爺が入ってきても、誰も声をかけないことだ。

 レジのおばさんも入ったことに気付いていないように声をかけないし、それどころかそちらを見ることすらしない。

 店長も言及すらしない。


 客も見えてないみたいに、爺を無視している。

 確かに、不潔で、あまり見たいものじゃないし、正直痴呆が入ってるような気もするけれども、仕事としては相手をしないのはおかしいんじゃねぇの? と思うワケだ。


 なにせ誰も噂話すらしない。あんな客、また来たよ……って話題にしても良さそうなもんなのに。

 もしかしたらあの爺が、幽霊かなにかで、俺以外にはそもそも見えてないのかもしれない。


 だとしたら、俺も無視するべきなんだろうか?

 そんな事を考えていたある日、また爺がやってきた。

 いつもどおりの汚れた格好で、ないなぁ、ないなぁ、と呟いて店内を徘徊している。


 俺はなんというか魔が差して……その爺に声をかけてみた。

 近寄って、腰を下げて。

「あの、なにかお探しでしょうか?」


 すると爺は歩みを止めて、俺に目を合わせてきた。

 にたぁ、と笑うと、黄ばんだ歯が見えて、嫌な匂いがした。

 そして。


「いたぁ、いたぁ……」


 と、笑うと、そそくさと、今までとぜんぜん違う速さで、ゴキブリみたいに店の外に出て行っちまった。

 いやなんだよアレ……と呆けてた俺のところに、レジのおばちゃんが急いでやってきたんだ。


「あんた、駄目じゃない! アレに構ったら!」

 ……どうやら、俺にしか見えてないわけじゃなくて、みんな見えたうえで見えてないふりをしたいたようだ。

 つまり、あれは見えてないふりをしないといけないものだったらしい。

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