第45話_誓いの転調

 5月1日午前7時30分。

  浮島中央“鐘殿”の前に、静寂が戻っていた。

  「これで、全員揃ったな……」

  祥平が呟き、彩心の肩に手を添える。

  彼女の帰還は、〈共鳴隊〉だけでなく、避難民や〈零視点〉の中立派にも強い衝撃を与えていた。

  「無響域から帰還した? ありえない……」

  利奈が目を見開く。だが彩心は、静かに応えた。

  「“ありえない”ことではありません。“未定義”を否定しただけです」

  利奈の眉が動きかけたが、その背後から拓巳がぼそりと漏らした。

  「……つまり、あんたは怖いのを認めたんだろ……」

  彩心は一瞬だけ沈黙し、目を閉じる。

  それから、はっきりと肯定した。

  「はい。怖かったです。けれど、拒絶し続けるほうがもっと、怖いと気付きました」

  場の空気が静まった。

  千紗が小声で、「今の、録音しておけばよかった」と呟き、翔大が鼻を鳴らす。

  「さすが、〈論理結界〉の再定義ってやつだな」

  「違うよ」

  それまで黙っていた瑠美が、ふっと微笑んだ。

  「彩心ちゃん自身が、“感情”を認めたってこと。それだけで、もう十分なんだよ」

  誰も否定しなかった。

  ――そして、決議の時が迫っていた。

  浮島中央にそびえる〈鐘殿〉の前に、〈共鳴隊〉と〈零視点〉、それぞれの代表が立ち並ぶ。

  メキーが一歩前に出ると、手にした翻訳端末を掲げた。

  「投票条件の再確認を行います」

  彼の声が、スピーカーで浮島全体に響く。

  「〈六十重ノ鐘〉の最終段階到達に伴い、鏡界と現実世界の“統合”案、または“分離”案、いずれかを選択する必要があります」

  「統合案は、感情の共存を前提とし、〈鏡界〉を現実に組み込むもの。分離案は、〈鏡界〉を切り離して現実を保つが……大半の感情波動エネルギーが消失し、記憶や精神に重大な影響を及ぼします」

  アレクサンドラが補足する。「例として、彩心のような高感受性者は、記憶の再構築中に“存在認識”が破綻する可能性がある」

  「つまり」

  祥平が視線を落とす。

  「分離を選べば、彩心がまた……消える可能性があるってことだよな」

  誰も応えなかった。だが、視線がひとつに集まる。

  彩心は、もう一度一同を見渡し、深く息を吸い込む。

  「私にとっての最適解は、“共鳴”です。

  感情を否定することも、論理を失うことも、私は……もう選べない」

  その言葉に、優也が頷く。「俺も、もう守りたいもんができたからな」

  かすみが微笑む。「じゃあ、あとは一人ひとりの“答え”だけですね」

  瑠美が、各グループに投票端末を配っていく。

  「締切は、今夜23時。投票結果は……この世界の、未来を決める」

  空が白く明けきった。

  〈共鳴隊〉の六十日、その最終局面が、静かに動き出していた。

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