第7話_翔大の試作ギア

 四月四日、放課後。

  桜丘高校・理科棟南側、かつて物理実験室として使われていた一室の奥で、鈍い金属音と焦げた匂いが立ちこめていた。

 「……よし、出力確認。次、励起フィードバック!」

  実験台の上に設置された大小の筐体が、同時に青白い閃光を放つ。だがその直後――

  バチッ――ズゴォン!!

  天井にまで到達するほどの火花が弾け飛び、換気ダクトの中で爆音がこだました。

 「うわっ、またかよ! くそ、冷却パラメータが不安定すぎる!」

  叫んだのは、理科部員の翔大だった。

  髪は爆風で逆立ち、白衣には煤が付き、ゴーグルの縁はひび割れている。

  だが彼の目は爛々と輝いていた。

  彼はこの三日間、誰よりも早く〈鏡界〉の原理に順応していた。

  “感情を物質に変換する世界”――その特性を観察し、分析し、彼は一つの仮説にたどり着いた。

 「感情武装は、その人間個人の感情波を核にしてる。なら、非武装者でも波長を模倣すれば、“外付け装備”として同様の効果を得られるはず!」

  彼はこれを“共鳴外装ギア”と名づけ、開発に着手したのだった。

  机の上には、鏡界から持ち帰った鉱石サンプルが十数種類並んでいる。

  桜色、深緋、鈍銀、空青――

  それぞれ異なる感情波の結晶体であり、今や翔大の“主な研究対象”になっていた。

 「データ上は、怒りの波長は爆発的エネルギーに変換されやすい。逆に、共感や不安の波は繊細な防御反応を誘発する」

  彼はそれを、装備として具体化しようとしていた。

  たとえば――

  ・「共振脚部ブースター」:勇気の感情を基盤にした跳躍補助装置

  ・「静穏フィールドアンカー」:恐怖心を吸収し、静寂領域を構築する結界発生器

  ・「感応粒子反射板」:他者の怒りを鏡写しにして反射する盾

 「……おいおい、俺天才じゃないか?」

  鼻歌まじりでネジを締めていたそのとき、背後のドアがバタンと開いた。

 「なにこの焦げ臭っ! 大丈夫なの!?」

  駆け込んできたのは瑠美だった。スケッチブックの代わりに、消火器を抱えている。

 「うおっ、来るな来るな! 機材濡れたらデータ吹っ飛ぶ!」

 「だってさっき、校舎の外まで爆発音聞こえてたよ!? 安全確認、してる……?」

 「“失敗の爆発”じゃない。“進化の爆発”だ」

 「……それが通じるのはゲームの中だけ」

  瑠美はため息をつきつつも、部屋の中の機材をひと通り見回す。

  そこには、たしかに“未知”と“危険”と“ワクワク”が混ざり合った独特の空気があった。

 「それ……何の装備?」

 「初号試作、“Mk-I共鳴強化外装”。まだ未完成だけど、ちょっと起動してみるか?」

 「ちょ、やめ――」

  だが、翔大はすでにスイッチを押していた。


 ――ブウゥゥゥン……

  装置が発する低周波の共鳴音が、室内の空気を震わせた。

  中央に設置された円形の台座から、青白い粒子が舞い上がる。翔大が着用していた肩当て型ユニットが、軽く振動し始めた。

 「おおおっ……! 成功か!?」

  だがその瞬間――

  ピピッ、ピピピピピ――!

  制御パネルが赤色に点滅し、モニターの表示が高速でエラーメッセージを吐き出す。

 「熱容量限界!? 嘘、冷却回路が……!」

 「やばっ、逃げ――」

  ――ボンッ!!!

  装置が小規模ながら爆発した。

  幸い、エネルギーが分散したおかげで火花だけで済んだが、部屋の壁にススが広がる。

  床に尻もちをついていた瑠美は、目をぱちぱちさせながら呆然と翔大を見た。

 「……大丈夫?」

 「だ、大丈夫。俺の頭以外は……」

 「どこが! ていうか、君の頭が一番問題!」

  翔大はごほごほと咳き込みながらも、ノートPCを必死にチェックしていた。

  瑠美は呆れたように近づいて、机の端から冷却スプレーを取り出す。

 「ほら、これ使って。で、報告はする? 共鳴隊のみんなに」

 「うーん……成功とも失敗とも言えない段階だけど……」

  彼は額のゴーグルを外し、少しだけ真剣な表情を見せた。

 「でも、わかったんだ。“感情”ってのは、生身の人間じゃないと安定して制御できない。だから外部装置でそれを真似るなら、俺自身の“限界”を超えなきゃダメなんだって」

  翔大の目は、それでも前を向いていた。

 「つまり、俺が進化すれば、このギアも安定するってこと」

  その言葉に、瑠美は思わず笑ってしまった。

 「それ、すごく君らしいよね。“失敗は機械じゃなくて自分のせい”って受け止めるの」

 「え、そう? 俺ってそんな自己責任タイプだったっけ?」

 「うん。自分の限界を押し広げるって、そういうことでしょ?」

  翔大は一拍おいて、照れくさそうに鼻をこすった。

 「……よし、明日までに第二試作、作る!」

 「早っ!」

  ふたりは顔を見合わせて笑った。

  その背後で、まだ焦げた煙がふわりと漂っていたが――

  それは、新しい“戦力”が生まれる匂いでもあった。


 その翌朝。

  理科棟に最も早く現れたのは、まさかの春日祥平だった。

 「……おーい、生きてるかー?」

  扉を開けると、化学薬品の匂いとともに、ぎりぎりまで徹夜した形跡が一面に広がっていた。

  テーブルの上には組み上がったばかりの第二試作“Mk-II”が鎮座しており、その隣で翔大は作業椅子に寄りかかるように眠っていた。

 「……うわ、寝たままハンダ持ってるじゃん」

  そっと手から工具を外し、机に置いたとき、翔大が目を覚ました。

 「……お、祥平。来たか」

 「朝から来いってメッセ送ってきたのお前だぞ。てか寝てないのかよ」

 「寝た。三十七分は寝た。あとコーヒー二杯飲んだ。つまり俺は今、全力だ」

 「それ、ただの錯覚ってやつじゃねえの……」

  呆れつつも、祥平は新しいギアを眺める。

 「これが、昨日の爆発物の進化系?」

 「おう。今度のMk-IIは、熱逃がし用のフィンを強化してある。あと、感情波の増幅素子に“共感導石”を使った。昨日よりかなり安定してるはず……たぶん!」

 「“たぶん”の部分が一番怖いんだよなぁ……」

 「で、着てくれ」

 「着るの俺かよ!?」

  その後。

  翔大の異常なテンションと、「いいから試せ!」という圧により、祥平は試作ギアの装着を余儀なくされた。

  銀色の腕部アーマーが右腕を包み込む。

 「で、これ何ができるの?」

 「“刃の出力を自動補正する補助外装”。君の〈器用迅刃〉のエネルギーを、少しだけ増幅するように設計した」

 「そんな高度なもん、よく徹夜で……」

 「ロマンがあれば、理論も徹夜で捻り出せる!」

 「名言風だけど、ちょっと狂気入ってるぞ」

  試しに右手に意識を集中させると、短剣のエネルギーがいつもより“なめらかに”形成された。

 「……マジで出力安定してる」

 「だろ? 熱処理も間に合ってる。連続展開もいけるぞ!」

  翔大はガッツポーズを取りながら、スクリーンに映るグラフを指差した。

 「これが、昨日の出力カーブ。で、これが今。見てみろよ、この安定性!」

  そのグラフには、波打っていたエネルギーラインが徐々に直線化し、同期率が飛躍的に向上している様子が描かれていた。

 「すげぇ……これなら、“非戦闘員”も感情装備を扱えるかもしれない」

 「そこが狙いだ。戦える人間だけじゃ限界ある。だったら、感情を技術で拡張するしかない!」

  翔大の言葉は、理論でもあり信念でもあった。

 「俺、やっぱりさ……“自分の限界”って、他人と繋がることで超えられると思ってるんだよ」

  その言葉に、祥平は少し黙ってから頷いた。

 「……そういうの、嫌いじゃないぜ」

  その日、〈共鳴隊〉の装備班が正式に発足した。

  部員はひとり。

  でも彼の信念は、どの兵装よりも熱かった。

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