第38話:砂の迷宮、偽りの歴史

サフィールの説明は、私たちにこの地で起こっている異変の全貌を明らかにした。「歴史の編纂者」と彼らが操る「記憶の砂時計」。彼らは、この国の歴史を砂のように細かく分解し、自分たちに都合の良い「効率的な歴史」へと書き換えようとしている。


「『記憶の砂時計』は、この遺跡の地下深くに隠されている。だが、そこに至る道は、彼らが仕掛けた罠と、歪められた歴史の記憶で満たされているだろう」


サフィールは、茶店から再び遺跡へと戻りながら、静かに語った。彼の瞳には、この国の歴史を守り抜くという強い決意が宿っている。


「アオイ殿の『記憶の真髄』の力と、健太殿の『記憶操作への耐性』が、その罠を突破する鍵となるはずだ」


私は、深く頷いた。私の「灰色の栞」が、この遺跡から放たれる「不協和音」に呼応するように、微かに脈打っている。


私たちは、サフィールの案内で、遺跡の奥へと進んだ。日差しが遮られ、ひんやりとした空気が肌を刺す。崩れかけた石壁の間に、隠された入り口があった。サフィールが、古びたランプを掲げると、薄暗い通路が奥へと続いていた。


「この通路は、かつて王族が秘宝を隠したとされる場所に通じている。だが、今では誰も近づかない。過去の記憶が歪められ、ここに入れば不幸になると信じられているからだ」


サフィールの言葉に、健太が不安げに私の服の裾を掴んだ。

「お姉ちゃん、なんだか気持ち悪い音がするよ……」


健太の言う通り、通路の奥から、微かに、しかし確実に、砂がさらさらと落ちるような、不気味な音が聞こえてくる。それは、「記憶の砂時計」が稼働している音に違いない。


通路を進むごとに、私の「記憶の羅針盤」の針が激しく震え始めた。そして、私の脳裏に、奇妙な映像が流れ込んできた。

──薄暗い通路。目の前に現れる、おびただしい数の亡霊たち。

彼らは、こちらを怨みがましく見つめ、呪いの言葉を吐き続ける。

「ここへ来るな……! 我々の記憶を、汚すな……!」──


「っ……!」


私は、思わず立ち止まった。それは、この通路に仕掛けられた「偽りの記憶」だ。恐怖を植え付け、侵入者を阻もうとする、彼らの罠。


「アオイ、どうした!?」


タカシが、私の変化に気づき、駆け寄ってきた。


「これは……幻覚? いや、記憶が……私に、恐怖を植え付けようとしている……」


私が言うと、サフィールは厳しい表情で頷いた。

「やはり始まったか……彼らは、この通路に、過去の悲劇や、人々の迷信を『増幅』させ、侵入者を精神的に追い詰める罠を仕掛けている。彼らにとって都合の悪い歴史を消し去るために、人々がこの場所から遠ざかるよう、偽りの記憶を植え付けてきたのだ」


私の脳裏に、亡霊たちの声がさらに鮮明に響いてくる。恐怖が、私の心を締め付けようとする。しかし、私は、自身の「記憶の真髄」の力で、その偽りの記憶に抗った。


「これは、偽りだ……! この通路に、そんな亡霊は存在しない!」


私は、声に出してそう言い切った。「灰色の栞」が、強く輝きを放ち、私の心に、確かな真実の光を灯した。私の力が、偽りの記憶の膜を破り、亡霊たちの姿が、かすんで消えていく。


「すごい……! アオイ殿、その力があれば……!」


サフィールの顔に、驚きと感嘆の色が浮かんだ。


しかし、偽りの記憶は、亡霊だけではなかった。通路の壁面には、古びた壁画が描かれている。それは、この国の歴史を物語るものだと見えたが、私の「記憶の真髄」が、その壁画から「不協和音」を感知した。


私が壁画にそっと触れてみると、その壁画の記憶から、奇妙な「空白」と「歪み」が感じられた。

──かつてこの国を救った英雄の物語。

だが、その英雄の「真の功績」が曖昧になり、別の人物の功績が上書きされている。

あるいは、特定の民族の「悲劇の歴史」が、完全に消し去られ、美しい物語に改変されている。──


「これは……歴史が書き換えられている……!」


私が呻き声を上げると、タカシが壁画を見上げた。健太も、首を傾げて壁画を見つめている。


「彼らは、偽りの歴史を、この壁画に刻み込んだのか……!」


タカシの言葉に、サフィールは悲しげに頷いた。

「この通路の壁画は、この国の子供たちが最初に学ぶ歴史の始まりの場所。ここで歴史を歪ませれば、幼い頃から偽りの歴史を信じ込ませることができる」


私たちの旅は、物理的な危険だけでなく、精神的な罠で満たされていた。彼らは、人の心を、そして歴史そのものを、根底から支配しようとしているのだ。


しかし、私たちは、もう引き返すことはできない。この国の真実の歴史を守り、彼らの企みを阻止するために。私たちは、砂が落ちるような不気味な音に導かれ、さらに地下深くへと進んでいった。その先に、「記憶の砂時計」と、そして「歴史の編纂者」が、私たちを待ち構えているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る