第29話 隠れた恋愛

栞への”信じていたい”という気持ちをまだ持っていたくて、あの日、しばらく悩んだあげく、早川の誘いを受けることはできなかった。

だけど単純な私は、寂しさを隠しきれずに、これまでとは違い、早川へ適当なメールを返すのではなく、彼に電話をした。別に何を話したわけでもない。彼も確実に落ち込んだような声の私に気が付かない人ではないけど、彼からは何も聞くことも無く、ただ、私がどうでも良いことを話すのを聞いてくれた。


正直、話すと心が癒された。


電話は苦手だった。だけど、顔が見えないから、表情を見られなくて、誰かの優しさを気軽に感じるには、都合がよいと初めておもった。


彼は今までとの違いに、何か感づいただろうか?察しの良い人だから、きっと、気がついている。だけど、知らんぷりしてくれているのだと思う。


あんなにあからさまに避けるような態度をとっていたのに、こちらが苦しくなったら、こちらに甘える。


私は酷い女だ・・・。


そんな頃、栞が一ヵ月と一週間ぶりに部屋へ来た。先週の事をまだ整理できていない私は、何も変わらない態度の彼に不信感を持ってしまう。一週間、私はずっと考えていた。

栞の気持ち。

彼女の事。

あの状況。

だけど分からない。全く想像もつかない・・・。生きている世界が違うからかな?


本人に聞かなくちゃ。


だけど、どういう風に聞けばよいのか分からない。面倒な女だと思われたくない。七つも年上なのに、幼い嫉妬心は見せたくない。真実に傷つきたくない。目を逸らせるものならこのままでも・・・。気が付かない振りが楽だって思う。栞は何ていうのか?想像つかなかったから・・・。栞は真実を言うのだろうか?言うとしても、どんな顔で、どんな風に言うのだろうか?本当の事を言うのだろうか?もしも適当にごまかされたりしたら、私は嘘だと気が付きながらも、信用したふりをするのかもしれない。だって、この人を簡単には嫌いになんてなれない。だとしたら、もう考えたくない。彼という人をもう信じれなくなる。


私は、一応作った夕食には手も付けられなくて、栞だけが食事をし、その食べたあとを片付ける。


いつになく無口な私を、栞は気遣う。白いソファーに腰かけていた彼は、スッと立ち上がりこちらへ来て、私の背後から抱きつく。いつもとは違い、不快だ。


「悠ちゃん、今日はどうしたの?何かずっと考えてるね。」


猫なで声。私は、彼の方へ振り返りながらそっと離れる。


「ごめん、今日は朝から体調がすぐれなくって。」


栞は私のひたいに手を当て、


「熱は?じゃ、今日はやめとく?」


心配して顔を覗きこむ。こんな簡単な嘘、信じるの?私は彼のその優しさを簡単にあしらう事は出来なくて、彼の手をそっと握ってそこから離すと、ほほ笑むことを意識しながら、


「今日は一人で寝たいから、もしつまらなかったら帰って。」


そう言って私は、寝室へ行った。栞は私の事を寂しそうな目で見ていたけど、しばらくしたら何も言わずに自分の家に帰っていった。一緒に寝れないなら意味がないと思われたのか?普段なら栞に対して、こんな意地悪なこと思いもしないけど、今は私の心に優しく考える余裕はない。久しぶりに会えたのに、嫌な雰囲気になったかな?理由も言わないであんな態度とるなんて・・・。大人げなかったかな?落ち込んだかな?

少しして玄関に鍵を閉めに行った。


”ぴぴっ”


メールの着信音。栞から?少し冷たい態度をとってしまったようで、気になって・・・。私は急いで寝室に置いたスマホを覗く。


栞ではない。早川だ。


”次の休み来週の水曜って言ってたでしょ?たまには昼間に誘ってもいい?ドライブ行こう”


何でだろう。栞からではなくがっかりした気持ちよりも、ホッとした。そう言えば私、デートなんてまともにしたことない。ちゃんと付き合ったことないから。以前だって仲間にバレないようにコソコソしていて、やっとデートって時に行けなかったし、栞とはそれ以上に隠れるような交際だから、誰かに会わないようにひっそり部屋での密会ばかりだった。

栞と一緒に居た子はいいな・・・。あんな風に、みんなの前で彼とひっついて。笑いあって、どう見ても恋人同士だった。お似合いだった。私がもし、栞とそうできても、兄弟のように思われるだろうな・・・。恋人には見えない。それか、変な目で見られるだろうな・・・。

だって栞は高校生だもん。


早川とだったらどう見えるのかな?


服を選んで、

楽しみにして、

待ち合わせして、

いつもと違う場所に行って、

美味しいもの食べて、

綺麗なもの見て

私が少し可愛いふりをしても許される・・・。

彼は大人だから、


行こうかな・・・。


私は早川からのデートの誘いを受けることにした。





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