第30話 普通の男女

水曜日。

私は約束の時間にマンションの下に降りると、早川はもう待っていた。


「おはよう」


笑顔が新しい。こんな顔だったっけ?


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


そう言って車に乗り込む。昼間に会う彼は、職場とも、飲み会とも、二人で行ったオシャレなレストランでの食事とも違う。自然なほがらかな表情で、なんとなく違って見えるのは、見慣れない私服のせいか?自然光のせいかな?

車で40分ほど走った海岸沿いのレストラン。窓際の席に座った。


「悠さんとこうして食事するのって久しぶりだね」


「そうですね」


「ここは僕のお気に入りのレストランで

たまにくるんだ」


・・・こんなところ一人では来ないよね・・・。誰か女の人と来るのかな?


「もちろん一人じゃないよ。これでも適齢期の一般男性だから、それなりにデートで来たりする。」


潔く隠そうとしないところは誠実に見える 。


「私は何人目ですか?」


少しおちゃらけて聞くと、彼も微笑んで、


「そうだな・・・3人目かな・・・。

一人は大学の時に2年交際していた彼女。就職と同時に遠距離恋愛になって自然消滅した。大学って自由な時間が多いからずっと一緒に居たし、本気で付き合っていたから、彼女にほかに相手ができた事を共通の友達から聞いたときは、かなり落ち込んだ。

彼女はその人と、去年結婚したらしい。

二人目は社会人になって合コンで知り合った人。

他業種で時間がなかなか合わないから、なかなか会えないって言われてね。付き合ったのは1年半くらいだけど、会えたのは何度も無かったな・・・。お互いに子供ではないから、出会ったその日に関係を持ったし、会う度に求め合ってはいたけど、中身は無かったのかもな・・・。ここでちゃんと付き合う方向に軌道修正しようと思って誘ったけど、別れ話された。実は人妻だったっていう落ちだったんだ。

しかも子供も2人いる人でさ。忙しくて会えないはずだよね。笑えるだろ?

でも、ここへは、本気の人としか来てないんだ。」


私は彼が楽しそうに、自虐的な昔の恋愛話をするのを、何故か穏やかに聞けていた。彼は本当に真っすぐで楽しく話をする人だ・・・。


「早川さんって変わっていますね。デートで自分の過去の恋愛歴を話すなんて。」


「そうかな?俺を知ってもらうには一番早道かなって思ったけど。」


「私は話せるようなことは無いですね」


「そうなの?」


「私、ちゃんとお付き合いしたことないんです」


早川は驚く表情を隠そうと顔を手で覆う。


「こんな年齢でおかしいですよね」


「いや、純粋な人だってことは思っていたけど、まさか・・・そっか・・・そういう事か・・・」


早川は私を優しい目で見た。


「悠さんの事・・・もっともっと好きになっちゃうな・・・」


そう言ってはにかんだ。私は彼のストレートな言葉をそのまま受け取った。別に嘘はついていない。

ちゃんとした交際をしたことがないのは本当だし・・・。


私たちはそれまで以上に、お互いが知れて、より近づけたように思う。


食事の後は、海沿いを散歩した。


また車を走らせて、今度は芝生の広がる公園へ。

夕方になると子供の声も多く聞こえて、和やかな雰囲気。彼は近くの売店でソフトクリームを買ってきてくれて、ベンチに座って食べた。風が気持ちいい。


これがデートっていうものか・・・。


私は憧れにも近い気持ちで夢に描いていたこの瞬間を、ぎゅっと胸に焼き付ける。


彼とならこんな事を普通に経験できて、女の子として可愛いままでエスコートしてもらえて、人目なんて気にしないでいられる。


そう思ったとき、早川は私の右手を握った。私は彼の顔を見た。彼は少し目が合うと直ぐに前を見て照れたような顔で笑った。私も彼のあたたかくて優しい手を握り返していた。


確実に、この瞬間は栞の事は考えていなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る