第28話 私はマスケラード




※マスケラード視点




「ナード様……」



私は走り抜けていった彼の背中を、ここが戦場であることもわかっていたが見えなくなるまで見送ってしまっていた。



いや、ここにいる私や、アミン殿、そして、アロリア殿もそうだ。



3人で仲良く呆然と立ち尽くしていた。



前代未聞の魔剣学院襲撃に、純血派の裏切り――なによりも突然なにかを思い出したかのように走っていったナード様のことが一気に重なり、思考を一時停止させてしまうのは、王騎兵として痛恨の極みだ。



「一先ず……ナード様の指示に従うしかなさそうか……」



私はその言葉を口に出し、一旦状況を整理することにした。



――王聖騎士団からの使命で私はナード様をひと通り観察した。



私が魔剣学院の調査に乗り出してから数日――突如として重要参考人として名前が挙がってきた男こそ、ナード=ランベッリ。



聞けば、爵位を二段階も落とすという不名誉な過去を持っており、随分と周りから疎外されていたとのこと。



私はそれを聞いて同情したくなった。



平民と貴族には大きな差がある。



納める者と徴収する者――それはあまりにも不平等な関係だ。



だが、大きすぎる格差というのは案外、諦めがつくものだ。



だから人間というのは、もっと間近な格差に理不尽を覚えるのだ。



貴族にとって間近な理不尽は――爵位。



爵位の差というのは、貴族にとってはそう割り切れるものではない。



常に空腹に苦しむ者からすれば贅沢な悩みかもしれないが、人間というのは腹は満たされても、心が満たされない限り、明日を生きようという気持ちになれない生き物なのだ。



貴族界で暮らせば、常に自分の出世を聞かれ、親の職業を聞かれ、人脈や、領土、農作物、魔力、軍事などなど……様々な実績や結果、数字などを〝着飾って〟貴族達と接しなければならない生活を送ることになる。



この世界は、その〝着飾っているもの〟がいかに立派かだ。



……そんなもので常に周りから推し量られる。



少しでも基準から落ちたらアウトだ。



アイツはダメなやつだと一生嗤われる……そんな息苦しいところだ。



そんな世界に――私は嫌気が差して『王聖騎士団』に自ら入団を希望した。



侯爵家という爵位は、それ以下の貴族からすれは、喉から手が出たいほど羨ましい立場だろう。



しかし、私はその立場を幸せだとは一度も思わなかった。



五男だったし、早々から当主争いには脱落している。



別にそれ自体は構わないが、イザイア侯爵家当主という座を巡って、私の兄たちが途方もない権力闘争をしていることに関しては――もう辟易していた。



子供の頃はみんな仲が良かったのに……。



そんな私にとって『王聖騎士団』は、どうしようもない貴族の競争から逃がしてくれる存在だった。



確かにここも血統主義なところはあるが、それでも魔法と魔道具の実力で、己の評価をいかようにも覆すことができる。



今までの私の経験からすれば、そこは健全な競争をしている場所に見えた。



――少し話が逸れてしまったが、要するに私が言いたいのは……ナード=ランベッリは、きっと物凄く辛い幼少期を過ごしたというのが容易に想像できるということだ。



父も母も遊びに出かけており、家にもほとんど帰っていないと聞くし、そんな彼が私は仕方がないと思っている。



つまり――人間側に嫌気が差したので、魔族側に寝返ってやろう。



そう考えたとしてもおかしくはない、と。



ナード=ランベッリがなんらかの理由で魔物になった……もしくは、魔物と内通している可能性が浮上した私は、それ以降調査対象とし、遠目から彼を見つめ観察していた。



そして、はじめて会った時に、私はこう思った。



細い一重に、細い筋が通った今でも折れそうな鼻、病人のような唇、白く、それでいてツルツルしているヘビみたいな肌――。



間違いない。




私は一目で確信した。














惚れた――と。


















その後、私がごく自然にアプローチをしたのは言うまでもないが、その時にちゃんとナード様の身体以外にも微かな仕草や癖などを観察してきた。



――惚れた弱みもあるので、なるべく感情移入しないように彼を見てきたが、客観的に見ても、ナード様が魔物である可能性は私の中では0になっている。



それでも……のは間違いないと思うが……。



だからこそ、ナード様の行動にはある一定の注意が必要かもしれない。



だが、会って間もないが、彼の人柄はなんとなく伝わる。



少なくとも――魔族と内通しているような人には思えない。



私の勘だけどね。



「ナード様……」



すると、私の他にも彼の名前を呼びため息を吐く者がいた。



彼の忠実なる僕――女騎士アミンだ。



彼女の赤い瞳には、目の前にはいない筈のナード様の姿が未だに映っているようで……。



やれやれ。



「アミン殿。どうか、ナード様を追ってください」



私がそう告げると彼女は「え?」とようやくこちらの世界に戻ってきたようだ。



「主のことをご心配なされる気持ちはわかります。ここは私たちで充分です。どうか行ってあげてください」



「マスケラード殿……。かたじけない」



その後、アミン殿は迷うことなくナード様のところへ向かっていった。



少しはこちらの心配をしてくれてもいいのに……と、思わず私は肩をすくめました。



しかし、私だって今すぐにでもナード様のもとへ行きたい気持ちもわかるので、彼女を責める気にはなりません。

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