第48話 秘匿な依頼
「秘匿ダンジョン探索の依頼!?」
駅ビルの一室、エクスピース事務所内に俺の声が響いた。
いつの間にかこんなところを借りているなんて、さすがカイリさんだ。
「うん。しかも依頼人は政府……探索省からだよ」
「えっと、まず秘匿ダンジョンってなに?」
「秘匿ダンジョンというのは一般には公開されていないダンジョンのこと。秘匿理由はそれぞれだけどね」
「そのダンジョンを俺達に?」
カイリさんが疲れたような顔をして頷く。
政府、探索省。どれも少し前の俺なら一生縁がないものだ。
手紙の内容は秘匿ダンジョン探索依頼という見出しで、つらつらと文章が書かれている。
俺達に政府が探索依頼したのは地下庭園ダンジョン。
カイリさんすら聞いたことがないダンジョンで、日本の地下に巨大な庭園ダンジョンがあるらしい。
複雑な仕掛けに加えて魔物はほぼすべてがB級以上に指定されている。
ただそれだけなら秘匿する理由にはならないとカイリさんは言う。
政府が秘匿するからにはそこに何か重要なものが隠されているからだ。
何かはわからないけど、一般の人達の手に渡ったらよくないものかもしれない。
「こういうのってよくあることなの?」
「少なくともうちみたいな駆け出しクランにくるなんて異例中の異例だと思うよ。これは間違いなく裏がある」
「裏って……どんな?」
「わからないけどその理由の大半はトウヤ君だろうね」
政府が俺にどんな理由があって?
探索者としての俺がやったことなんて山の穴ダンジョンを攻略したくらいだ。
地下鉄ダンジョンは皆の力があってこその結果だし、俺一人に対してそこまで大騒ぎするほどのものじゃない。
「で、その気があるなら日の丸国ホテルの『龍王の間』に時間指定で来いってさ」
「日の丸国ホテル?」
「日本国内で最高峰のホテルだよ。最低でも一泊60万円以上するから、私達とは縁遠いセレブ御用達の施設だね」
「一泊60万円! 寝るだけでそんなにお金がかかるの!?」
「まぁ山の中で裸で野宿するトウヤ君にはますます理解できない世界だね」
睡眠なんてどこでも取れるのに、わざわざ大金を払ってまで寝る理由がわからない。
例えばここでも寝ることはできるし、更に言えば山の中のほうが静かで空気もいいのに。
「もうすぐリコがくるから、改めて相談」
「あ、トウヤ様……」
言った矢先にリコさんが事務所に登場した。
ボサボサヘアーで黒縁メガネと、相変わらず探索している時との差がすごい。
「リコ、ちょうどよかった。これなんだけどね……」
「ひ、秘匿ダンジョオォォォーーーン!?」
カイリさんが説明するなりすごい変な声を上げた。
俺より驚いてる。
「あわ、あわわ……ど、どうして……」
「絶対裏があると思うんだけど、まずは二人の意見を聞きたい」
「わ、わ、私はトウヤ様がいいなら……」
「だよねぇ。トウヤ君はどう?」
カイリさんは裏があるというけど、俺はそれ以上に秘匿ダンジョンというものに興味がある。
ひょっとしたら常闇の魔車掌以上の魔物と戦えるかもしれない。
ファリーちゃんに指導なんてしているけど、俺はあの戦いで自分の未熟さを痛感している。
だから今以上に強くならないといけないんだ。
「俺は秘匿ダンジョンに挑んでみたい」
「じゃあ、私も!」
俺達がそう答えるとカイリさんはふぅと息を吐いてから、目を閉じて何かを考えていた。
「……返事は私から送っておくね。リコはこの後、撮影ないんでしょ?」
「う、うん」
「だったらさ、今夜は鍋パーティしたいから食材を買ってきてくれない? 駅の近くで適当に見繕ってよ」
「わかった。じゃ……」
「あ、トウヤ君も一緒にね」
「なんでぇぇぇーーーー!」
リコさんがまたすごい声を出したなぁ。
なんで俺と一緒だとそこまで驚くんだろう?
「なんでって一人じゃ荷物を持ち切れないかもしれないでしょ」
「持ち切れる持ち切れる!」
「じゃあ、トウヤ君とはいかなくていいの?」
「それはッ……!」
なんでそこで呼吸が停止するの?
「……ぃきたぃ」
「はい、それじゃこれ予算のお金ね。それじゃ二人とも、頼んだよ」
こうして俺とリコさんは二人で買い物に出かけることになった。
買い物だけならどちらか一人で十分なのに、なんでカイリさんは俺達に?
あの人はたまに何を考えているかわからない。
* * *
とある地下の一室にて、一人の男が両手に銃を持ったまま立っていた。
コンクリート製の壁には一糸乱れぬ弾痕が直列に並んでいる。
例えばここに人が通りがかったなら、それを見れば何かのアートだと勘違いするだろう。
「素敵ー!」
「惚れ直しちゃうー!」
美女二人は男に寄り添う。
しかし男の意識は美女にない。
「……そこから動かないでくれよ」
男が背後に向けて威嚇した相手は、それがアートではないことは理解していた。
「皇帝からの指令です」
軍服のような制服に身を包んだ白髪の女性は淡々と男に告げた。
男は振り返らずに銃を下ろしたままだ。
「帝鳥隊の隊長イグルさん、聞こえませんでしたか? 皇帝からの指令です」
「聞こえてるよ、神鳥隊の隊長カルラさんよ」
男ことイグルはようやく振り返って、訪問者の顔を見た。
白い絹のような肌に眉一つ動かさない表情、それがイグルの神経を逆なでる。
「いえ、元隊長のイグルさんでした。失礼しました」
「さっさと要件だけ言えば、その綺麗な顔が穴だらけにならずに済んだかもしれないのにな」
帝鳥隊は事実上の解体、イグル以外の隊員は逮捕。
隊長のイグルは責任を問われて自宅謹慎となり、現在は処分待ち。
彼が逮捕に至らなかったのは白夜帝国が国家権力に働きかけられる唯一の抵抗だが、当のイグルにとってはどこ吹く風だ。
「私はあなたと争いにきたのではありません。皇帝からの指令を伝えにきました」
「相変わらず腹糞悪い女だよ、お前は。お前だけはどうにも抱く気が起きないんだから、もしかしたら女じゃないのかもしれないな」
イグルは腕をだらりと下げたままカルラの無機質な瞳に視線を突き通す。
帝鳥隊は神鳥隊の傘下であり、本来であればこのような物言いは粛正対象だ。
しかしカルラは傘下の部隊にそのような仕打ちをしたことなどない。
カルラにとってはイグルの不敬など問題ではないからだ。
カルラにとっては白夜帝国が全国制覇を成すこと、これに付随しない事象など取るに足らない。
「白夜帝国それぞれの最高幹部が率いる五神隊……その一つが神鳥隊。が、俺がリスペクトしてるのは神竜隊のリュウガさんだけなんだよな。後は全部横並びだと思ってるから、そこんとこ勘違いするなよ」
「白夜帝国はあなたに対して最大限の配慮をしました。それはあなたが優秀な人材だからです。今回の働き次第では帝鳥隊の復権も考慮します」
――パァンッ!
地下に渇いた音が響く。
イグルの銃口から煙が立ち昇立ち上った。
いつ銃弾を放ったのか、いや。いつ構えたのか。
それを視認できるのはA級探索者の中でもわずかだろう。
一発100万円。
イグルが探索者として頭角を現してから、世間は彼にそれほどの付加価値を見出した。
「……指令をお伝えしていいですか?」
イグルが放った銃弾は一枚の羽によってふわりと受け止められている。
カルラの背から生えた片翼から舞い散るそれは、地下室を蹂躙するかのようだった。
100万円ではカルラは殺せない。イグルも心の底ではわかっていた。
そんな一連のやり取りに美女二人はまるでついていけてない。
「フンッ、相変わらずのチートスキルだな。で、顔も姿も見せない皇帝気取りはなんだって?」
「こちらをお渡しします」
カルラは一枚の封筒をスッとイグルに差し出した。
それを乱暴に受け取って中の手紙を読んだイグルは、ニィィッと口角を上げる。
「気が利いたサプライズだな?」
「確かにお伝えしました。では失礼します」
イグルに背を向けたカルラは悠々と地下室から姿を消した。
「な、なによあの女!」
「ブスのくせに!」
美女二人は口々にカルラに対して悪態をついていた。
一方でつい先ほどまで荒れていたイグルだが、この一通の手紙で自らの将来に希望を見る。
「といってもまぁ……これは100万円ごときの仕事じゃない。だったら……」
イグルは支度をして、とある場所へと向かう。
彼は一度狙いを定めたものに対しては決して油断はしない。
自らの復権のためならプライドだって捨てる。
「ね、ねぇ、イグルー? どこ行くのー?」
「今日は家に帰れ」
「えーーー! これからホテルに行く約束だったじゃなーい!」
「帰れ」
「ひっ……!」
イグルに睨まれた美女達はそそくさと地下室から逃げていった。
女性との約束以上に彼が優先させたものなどほとんどない。
ないのだが、この時のイグルの脳内にはすでにピンク色の未来が展開されていた。
指令を達成することで、その未来が実現すると確信しているからだ。
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