第16話 チンピラに目をつけられた

「な、なんでついてくるの?」


 昼休み、教室にいるとランカさんがずっと睨んできて落ち着かないから移動することにした。

 ところがこのランカさん、俺にずっとついてくる。

 自作の弁当を持ち歩きながらどこか適当な場所へ行こうと思ったのに。


「そちらのお弁当、誰が作ったのかしら?」

「俺だけど質問に答えてくれる?」

「ご自分でお弁当を作るなんて殊勝なことね。でも私と交際すれば、毎日高級シェフによる手作りお弁当が食べられるわ」

「それでなんでついてくるの?」


 なんだか会話がかみ合わないぞ。

 じいちゃんからは体が資本だと教えられているから、弁当は自分で作っている。

 菓子パンやカップラーメンはまったく食べたことがない。


 でもファミレスで食べたマヨコーンピザはおいしかったな。

 あと山盛りポテトもカリッカリで思い出すだけで涎が出てくる。


「あなたごときが私を振るなんて身の程知らずなことをするからよ。私は世界でも有数の大企業の令嬢なのよ」

「そんなすごい人がなんでこの学校に?」

「あら、少しは私に興味を持ったということ? 教えてあげてもいいわよ」

「いや、別にいいかな」

「なぁ!?」


 この人は俺とお友達にすらなるつもりはないみたいだし、何がしたいんだろう?

 俺としては文通から始めてもよかったのに。

 ランカさんはそんなに友達になるのが嫌なのか?

 リコさんとカイリさんはそんなことなかったんだけどな。


「あ、あなたねぇ! 本当にこの私をなんだと……」

「よう、ランカ」


 ランカさんが俺の肩を掴んだ時、背後からドスが利いた声が聞こえた。

 振り返ると複数の男子が凶悪な面構えでまとまっている。


「私の名前をきやすく呼ぶのはどこの酷顔かしら?」

「俺に舐めた口を利いたことなんざ、すっかり忘れたってか? 俺の女にならなかったってだけなら、まだ許してやったんだけどな」


 その男子の上背は俺より大きい。

 顔に傷が入っていて眉がなく、まるでゴブリンかオークのような風貌だ。

 明らかに他の生徒とは雰囲気が違う。


「……あぁ、もしかして身の程知らずにも私に告白してきたチンピラね」

「てめぇコラァッ! この学校の番長ガルタさんに舐めた口を利いてんじゃねぇぞッ!」


 男子の一人が唾を飛ばして叫んだ。

 番長ってなんだ?

 よくわからないけど現状、あの人が怒る理由がよくわかる。

 それでもランカさんは前髪をかきあげて鼻で笑った。


「チンピラのお山の大将なんて舐められて当然よ。貴重な学校生活を暴力で過ごして、将来は何の役にも立たない。ケンカが強い? だから? それがあなた達の社会での評価よ」

「……ランカよぉ。もしかして俺達が手を出さねぇとでも思ってんじゃねえだろうな」

「そんなことしたらあなた達は即退学よ。その後、お父様に頼んで社会的に居場所をなくしてもらうわ」

「クックックッ、そうかい。なるほど、お前は手を出さねぇと思ってるわけだ」


 この人は先輩かな?

 ガルタさんが不敵な笑みを浮かべる。

 ずいっと近づいてきて、ランカさんを見下ろした。


「あのな、ランカ。俺達がなんで不良って呼ばれてるか知ってるか? やる時はやるから不良なんだよ。女だから殴らないとでも思ったか?」

「な、なによ。やれるもんならやってみなさい」

「俺になんて言ったか……。ブサイクと戯れる趣味はない、だったか? 人をバカにしたら痛い目にあうって、金持ちのオヤジは教えてくれなかったのか?」


 俺はランカさんの襟首を掴んで引き寄せた。

 その直後にガルタさんの拳がランカさんの顔の前で止まったからだ。

 つまりガルタさんはランカさんの顔を殴ろうとしていて、俺が引き寄せなかったら殴られていた。


「そのガキがお前の男ってわけかい。なかなか勘がいいじゃないか」

「ガルタさん、そいつトウヤですよ! ほら! 今、すごい人気上昇中の侍野郎です!」

「あ? あー……こいつがそうなのかい。ふんふん、まさか同じ学校だったとはな」


 俺はランカさんの襟首から手を離した。

 今のパンチ、普通の人間のそれじゃない。

 風圧から感じたその威力は、当たれば確実にランカさんを大怪我させていた。


「ト、トウヤさん……」

「女性に手を挙げる奴は最低の屑だ。俺のじいちゃんが言っていたことだよ」

「そ、そ、そうよ! トウヤさん! あのチンピラをやってしまいなさい!」

「でもランカさんも悪いよ」

「な、な……」


 俺はランカさんを庇うようにしてガルタさん達の前に立った。


「話を聞く限りじゃランカさんはこの人にひどいことを言ったね。人の容姿を貶すのは最低だよ。まずはそのことをこの人に謝ってほしい」

「はぁ!? なんでこの私が!」

「自分の落ち度も理解できずに謝れない人とは文通もしたくない。ハッキリ言って友達以下だよ」

「と、友達、以下……」

「自分が言ったことはいつか自分に返ってくる。それが今なんだよ」


 人に向けた悪意は巡り巡って自分に返ってくる。

 言葉も行動も同じで、俺は常々じいちゃんからそう教えられた。

 だから俺は人として恥ずかしくない生き方をしたい。

 このランカさんはそんな大切なことを誰からも教わらなかったみたいだ。


「さぁ、謝ってよ」

「い、嫌よ! こんなチンピラになんで」

「じゃあ、助けないよ。この人達はランカさんを本気で痛めつけるだろうね。でもそれもしょうがない。ランカさんの言葉と行動が招いた結果なんだからさ」

「あ! ま、待って!」


 俺は踵を返して廊下を歩いた。

 ゲラゲラという笑い声とランカさんの助けを求める声が聞こえてくる。


「侍にも見捨てられちまったな。ランカ、さっきも言った通り俺達は不良だ。俺達、バカだから何をするかわかんねぇんだわ」

「い、いや……」


 後ろから不穏な声が聞こえてくるけど、俺はギリギリまで助ける気はない。

 あのランカさん、家が金持ちみたいだけどそれは何の意味もないことだ。

 金持ちだろうが貧乏だろうが、自分を磨けるのは自分だけ。家じゃない。


「あ、謝る、謝るから……ごめん……なさい……」

「んー? 聞こえないなぁ?」

「ごめんなさいッ!」


 俺はランカさんの前に瞬時に移動した。

 ガルタさんの拳が振り上げられたのと同時だ。


「こいつ、速……」

「ランカさんは謝った。その拳を下ろしてほしい」


 ガルタさんが拳を止めたまま、口元をニィっと歪めた。


「なるほど、なるほど。わかった、下ろしてやる」

「ありがとう」

「そのかわりに、だ。侍、お前なかなかの有名人じゃねえか。だったら少し付き合えや」

「つ、付き合う? 俺とあなたが?」


 ガルタさんがとんでもないことを言い出したぞ。

 いや、恋愛の形は自由だ。

 じいちゃんも今は多様性の時代だって言ってたもんな。


「実は俺も配信をやっている。お前、俺の配信に出ろ」

「あ、あぁ、そういうことですか。でも、なんで俺が?」

「噂の侍がどんなものか教えてくれや。俺の配信は至ってシンプル、ケンカだ。ダンジョンでも常に魔物とステゴロで戦っている」

「ステゴロ……」


 つまりこの人は素手で魔物と戦っているということだ。

 やっぱり俺の勘は当たっていた。

 そんな人のパンチがランカさんに当たっていたら、どうなっていたことか。

 そう考えると、俺はこの人が許せない。

 だけどこの戦いに意味はあるのか?


「俺の配信でタイマンはれや。侍なら背は向けねぇよな?」

「俺は侍じゃないし、意味のない立ち会いはしたくないです。つまりお断りします」

「それはいいぜ、自由だ。ただし、そこのランカがどこかで大怪我を負うかもな?」

「ランカさんはあなたに謝った。そこまでする必要はないでしょう」

「てめぇ、状況を考えてものを言えや」


 俺を複数の男子が取り囲んだ。

 逃げ道なんてない、そう言いたいんだろう。


「こっちは兵隊を揃えられるんだ。そこのランカだって、いつ夜道で痛い目にあうかわからねぇよな?」


 ガルタさんとその他がニヤニヤしている。

 なるほど、これがじいちゃんが言っていた下衆か。

 世の中には救いようがないほど見下げた下衆がいるって教わったことがある。


 そんな連中とは言葉のやり取りは無意味だ。

 いつかそんな下衆と出会ったら、容赦なく力を振るえ。

 それがじいちゃんの教えだ。

 当時はそんな相手に出会うなんて考えもしなかったけど、やっぱり世の中は広いということか。


「わかったよ」

「いいね、さすが侍だ。じゃあ放課後、俺が指定する場所にすぐにこい。そこで配信をする」

「放課後にすぐ……」

「そうだ。刀なんて持ってくる暇なんかねぇぞ? 俺の兵隊が迎えにいくからな。クククッ!」


 そう、俺は学校に刀を持ってきていない。

 それを見越した上でガルタさんは俺に勝負を挑んできたわけだ。


「ト、トウヤさん……無理をしなくていいのよ。こんなもの、私のお父様に言えば……」

「いいよ、ランカさん。刀なしで戦うよ」

「いいの!? 侍のあなたが刀なしであいつらに敵うとは思えないわ!」

「まぁやってみるよ」


 ランカさんは不安そうに胸に手を当てている。

 さっきまでの大きい態度がウソみたいだ。


「カーーッカッカッ! おいおい、あいつ死んだわ! ガルタさんは素手でオークとやり合ったことがあるってのによぉ!」

「刀のない侍なんざ怖くもなんともねぇ!」

「ガルタさんは裏山ダンジョンの深層まで到達したことがあるってのによ! 前の番長をボコした時は勝負にすらなってなかったほどだぜ!」


 ガルタさんの友達か何かわからないけど、男子達が大笑いした。

 これも一期一会というやつだろうか?

 笑い声が耳を通過する中、俺はこの出会いにどれほどの価値があるか考えた。

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