第2話 映えなんてなかったけどバズった
俺は現在、じいちゃんがいなくなった広い家に一人で住んでいる。
残されたものはほとんどがじいちゃんのもので、タンスの中には古めかしい衣服が収納されていた。
その中の一つに錦鯉の柄の着物があったのを覚えている。
なんでも若い頃にこれを着て女性を口説いたことがあるというんだから、映えとしては申し分ない。
迷わず着用して俺は配信機材のドローンを持ってダンジョンへ向かった。
俺が新たに挑戦するのは山の穴ダンジョン。
十年以上前にできた比較的新しいダンジョンだけど、未だに誰も深層まで辿り着いたことがないらしい。
そんなダンジョンなものだから、探索者や配信者達がこぞって挑戦しているとのことだ。
山の中にブラックホールのような穴が空いた入り口を通って、俺は配信を開始した。
今こそこのじいちゃんの形見である映え着物を披露する時だ。
「ちっす! 俺、トウヤ! 元気してっか!?」
俺は臆せず軽快な挨拶をした。
映えに重要なのは見た目や背景だけじゃない。
昨日、有名配信者の動画を参考にしてちゃんと映える挨拶を考えたのだ。
視聴者に明るい印象を持たせるこの第一印象、これは間違いない。
しかも同接は珍しく7人!
タイトルに難攻不落の山の穴攻略と入れた甲斐があった!
【は?】
【さむ】
「さ、さむ!? さむって誰ですか!」
【いや人の名前じゃねえし】
【服装ダサすぎる……】
【ていうか有名配信者のスーパー野菜兄貴のパクり挨拶だろ死ねカスが】
俺は頭の中が真っ白になった。
あらゆる工夫を凝らして今日の配信に臨んだのに、反応があまりに冷淡だ。
それにしても死ねカスは言いすぎじゃないか?
確かに参考にしたけど言いすぎじゃないか?
相手に吐いた言葉は、いつか自分に返ってくるって教わらなかったのか?
俺はじいちゃんに教わったよ。
「お、俺は死にません……」
もうどうしていいかわからず涙目だった。
同接が7人から3人、まだ何も始まってないのにひどすぎる。
「せめてもう少し進んで魔物を倒すところを見てください……」
ところがダンジョンを進んでも、魔物にまったく遭遇しない。
おかしいぞ。ネットの情報では強力な魔物がウヨウヨいるらしいのに。
「なんか静かですね! もう少し進んでみますか!」
明らかに空元気だったけど俺はめげずに奥に進む。
【なんも起きないね】
【つまんね】
「え!? ちょっと!」
ついに同接数が一人になってしまった。
昨日とまったく同じパターンだ。
せっかく交通費をかけて遥々やってきたのに。
「どぉして……」
静かなダンジョンを歩き続けても魔物の気配がまったくない。
音も風も何も感じない。
こんなことがあるんだろうか?
「……もう、ダメです」
残った同接一人に向けて俺は弱音を吐いた。
同接一人、これが今の俺に対する世間の評価だ。
日本最強の剣術を極めようと、俺自身には何もない。
「じいちゃん……俺、ダメかも」
何もかも諦めて、俺は膝を抱えてうずくまった。
やっぱり俺には配信なんて向いてない。
じいちゃんが夢中になるだけあって、簡単に飛び込んでいい世界じゃなかった。
そして項垂れた俺と着物の錦鯉の目が合ってしまう。
よく見たらこいつ笑ってる。錦鯉にまでバカにされるのか。
「帰ろ……」
――オオオオォォォ……!
力なく立ち上がるとダンジョンの奥からおどろおどろしい咆哮が聞こえてきた。
魔物がいるのかと思った直後、暗がりの奥で何かが蠢く。
「なんだ、あれ」
暗がりの奥からやってきたそれは巨大な熊だった。
灰色の体毛の中に、白い体毛で髑髏が描かれているように見える。
頭には自分の頭部より大きい頭蓋骨を被り、それはまるで己の強さを誇示しているかのようだった。
「グウォオオォォアァーーーーーッ!」
咆哮からビリビリと感じる圧。
ダンジョン内の天井からパラパラと塵が落ちてくる。
俺は刀を強く握った。
「これで最後にします。心気一天流……」
巨大な熊が走り出すと同時に俺は刀を振り抜く。
「軌分双壊」
熊が被っている頭蓋骨、頭部、胴体が分断される。
俺は刀を鞘に納めて静かに立ち去り――。
「ご視聴いただきありがとうございました」
配信終了のボタンを押した。
* * *
「……え? え?」
リコは自室のベッドの上で思考が停止した。
推しの配信を視聴していたら、とんでもないことが起こったからだ。
寝っ転がっていただらしない姿勢を正して、思わずベッドの上で正座する。
「サタンベアを……一瞬で……」
リコの推しが真っ二つにしたサタンベアはS級に指定されている魔物だ。
S級。それはA級探索者を二人以上葬った魔物に与えられる最高危険度の証だった。
A級ともなれば国家戦力にカウントされる化け物揃い、その化け物を超える化け物がS級だ。
サタンベアはそのA級探索者をこれまで三人葬っている。
「トウヤ様、ここまで強いなんて……! やだ! ど、どうしよう! 胸が締め付けられちゃう! 死ぬかも!」
自室でテンションが上がったリコはベッドの上でダンゴ虫のように丸くなる。
彼女はトウヤのチャンネルのファンだ。
最初は何気なく見始めたものの、その常人離れした剣術に魅了されてしまった。
戦っている相手が最下級の魔物のため、トウヤの剣術の凄さは一般人にはまず理解できない。
リコは16歳にして登録者150万人を超える大物配信者にしてA級探索者だ。
14歳の時に未踏破ダンジョンをたった一人で踏破して、A級の魔物を討伐した鬼才。
トウヤを知ってからというもの、リコはその同接数人程度のチャンネルのことばかり考えるようになる。
それから脳内でのイメージにて、トウヤと何度戦っても負けてしまうのだ。
「か、勝てる気がしない……。小さい頃に大人にだって勝ったのに……。トウヤ様とは勝負にすらならない……」
布団を抱き込んでベッド上はメチャクチャだった。
トウヤを知って以来、リコは彼の虜だ。
最初はイメージでの戦いから、気がつけば今では手を繋いで歩いている。
自分でもどうしてそうなったのか、まるで理解できなかった。
「サタンベアは自分より大きい魔物に挑んで、その頭蓋骨を被る生粋の化け物……まさに魔王の名を冠するに相応しい。30年無敗だったA級探索者がサタンベアに殺されて世間が大騒ぎしたのが何年前だっけ……」
一人ブツブツと布団を抱きながら、リコの視界にふと時計が目に入った。
「……あぁーーー! 配信! 配信の時間! 雑談するって言ってたのに!」
今日はリスナーとの雑談ライブを予定していた。
リコは大急ぎで着替えてからPCの前に座る。
深呼吸をしてから雑談ライブを開始した。
「……こんにちは」
スン、とばかりにリコの雰囲気は一変した。
【こんリコ~!】
【こんにちは!】
【今日もクールw】
【雑談する雰囲気じゃねぇw】
【これがいいんだよw】
ライブ開始と同時に同接は1000人。
それから少しずつ数を増やしていく。
雑談ライブでこれだけ人を集められるのがクールプリンセス・リコだ。
(あぁ~~~! 緊張するぅ!)
クールなどと評されているが、リコは極度の緊張下に置かれているだけだ。
それを勘違いしたリスナーからは絶大な支持を得られている。
「今日は雑談をします」
【そりゃそうよねw】
【何の話するん?】
【なんか淡々としてるな】
【この前の迷宮攻略すごかったよー】
【↑↑初見か? これがデフォよ】
始めたものの、リコは話す内容を考えていなかった。
ついさっきまでトウヤの配信で興奮していたため、言葉が思い浮かばない。
(ど、どぉしよぉ~~~~!)
リコは無表情のまま焦った。
このままではリスナーに呆れられてしまう。
頭をフル回転させて、リコは話題を探した。
(そうだ!)
ピコーンとばかりにリコの頭に豆電球が浮かぶ。
もちろんそんなものはリスナーに見えてない。
「私が気になった配信者の話をします」
この日、リコはトウヤの配信のことを話した。
ただし名前などは一切出さず、それでいて魅力を語る。
名前を出してないから問題ないと考えたリコだが、彼女はリスナーを甘く見ていた。
翌日、トウヤの配信はリスナーによって特定されてしまう。
多くて再生数が二桁だったトウヤの配信は一日で数万再生されてしまうのであった。
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