第28話 悪役貴族、港を出る








「見た目は『三笠』に近いな」


「この船の名は『ベギル』じゃぞ」


「……本当にその名前で行くのか?」



 港にやってきた俺は、全長百メートルを越える巨大な船を前に立ち尽くしていた。


 既存の木造船とは全く違う、鋼鉄の船だ。



「いやはや、我ながら上手く行ったもんじゃわい。まさか本当に鉄の船が浮くとはのぅ」


「そこは俺もビックリだ。言ってみるものだな」


「……して、いつ攻め込む?」


「一ヶ月後だ。……本音を言えば、もっと水兵の訓練に時間を割きたかったが……」


「何かあったのか?」



 何かあったなんてもんじゃない。



「ここだけの話、フラッグシルトのミスリル鉱脈でミスリルを取り尽くしてしまった。もう結界大剣の量産ができない」


「ああ、儂のところにも報告が来ておったな」


「万単位の人間を食わせるために必要な食糧を確保しようにも土地を拡大できないならどうしようもない。エルフの促成魔法にも限界はある。だから食糧が尽きる前に魔王を倒す」



 いわば短期決戦だ。


 食糧は切り詰めても三ヶ月が限界らしく、それ以上は餓死者が出る。



「大将はどうするつもりじゃ」


「どうとは?」


「子供、生まれるんじゃろ。お前さんが死ねばメリエルの嬢ちゃんも悲しむ」


「……ああ、だからこそ行くんだよ」



 子供が生まれる。


 親になると言われても、正直まだ実感が湧かなくて夢を見ているような心地だ。


 しかし、一つだけ分かることがある。


 生まれてくる子供があと数年で滅びる地獄のような世界で生きることを想像したら、耐えがたいくらい吐き気がした。


 ならばやらねばならぬ。



「生まれてくる子のために、魔王をぶっ殺して邪神の復活を阻止する。それが俺の使命だ。万が一結界大剣が壊れても、俺なら結界魔法で防御できるしな」


「ふっ、カッコイイではないか。またファンが増えるぞ」


「それは勘弁してほしいな。ただでさえファンレターが多くて返信を書くのが大変なんだ」


「……全部返信してるのか?」


「い、いや、紙が勿体ないとは思ってるぞ? でも民衆の支持を得るという意味でも大事なことだと思って」


「真面目すぎるのも考えものだな」



 真面目とかそういうのではない、必要だからやっているだけの話だ。


 まあ、何も悪いことばかりじゃない。



「女の子のファンレターを受け取ると、メリエルが嫉妬して可愛くなるってのもあるな。この前は執拗なくらいめちゃくちゃキスしてきてよかった」


「あまりそういうことを話すでないわ、大将」


「いや、でもさ。たまに不安になるから……」


「?」



 メリエルはよく『ベ、ベギルさまが娶りたい方がいたら、わ、私に遠慮しないでください』とか言うのだ。


 俺は他の誰かを娶るつもりはない。


 しかし、そう言われると距離を取られているような寂しい気持ちになる。


 だから嫉妬してめちゃくちゃ搾り取ろうとしてくるメリエルを見ると、俺も嬉しくなって激しくシてしまうのだ。


 最近はお腹の子の負担になるのでそもそも行為自体シていないが。



「話を戻すが、一ヶ月で水兵たちの訓練が終わるものなのか?」


「それは分からん。ただまあ、士気は高いな。全員死ぬ気で訓練している。サキュバスのお店にタダで通えるからかも知れない」



 兵士たちの士気を維持したまま、厳しい訓練を受け続けさせる方法は簡単だ。


 エロである。


 いや、決してふざけているとかではなく、叡知な行為はモチベーションの維持にかなり役に立つのだ。

 サキュバスは食事ができるし、男は訓練で溜まった鬱憤を極上の肉体で晴らすことができる。


 この仕組みを考案したのがクィーンサキュバスであるナサリーじゃなくて、シャルナというのが意外だったが。



「ん? あれは……」



 港でガンテツと雑談しながら海を眺めていた、その時だった。


 沖の方から巨大な影が迫ってきた。


 その存在に気付いた兵士たちが非常事態を知らせる金を鳴らし、厳戒態勢に入る。



「クラーケンじゃな」


「……美味そうだな」



 海から姿を現したのは、数十メートルはあろうかという巨大なイカの魔物だった。


 クラーケンは本来なら危険な魔物だ。


 その巨大な身体ゆえに並大抵の魔法ではダメージが与えられず、怪力なので船体に取り付かれたらそのまま沈められてしまう。


 しかし、何も問題はない。


 旗艦『ベギル』の乗組員たちは迷わず結界大剣を起動し、光の幕がクラーケンの接近を阻む。



「主砲、撃てぇ!!!!」



 結界に阻まれて船に近づけないクラーケンがたじろいでいると、空かさず『ベギル』が主砲を撃った。


 ドドーンッ!!!!


 魔力を用いて放たれる魔導砲が火を吹き、砲弾がクラーケンに炸裂した。


 そのうちの一発がクラーケンの足に直撃し、本体から切り離されて水上にぷかぷかと浮いて蠢いている。



「ギィイイイイイイイイイイッ!!!!」



 クラーケンの絶叫が港に響き渡る。


 しかし、そこに『ベギル』以外の船から放たれた主砲の弾が直撃。


 見事にクラーケンを撃破した。



「……見事なものだな。訓練、十分ではないか?」


「いや、念には念を入れる。もっともっと練度を上げたら生存率も上がるからな」


「そういうものか」


「そういうものだ」



 それはそれとして……。



「あれだけデカイと食いでがあるな!! クラーケンを回収しに行くぞ!!」


「た、食べるのか? クラーケンじゃぞ?」


「巨大イカリングとか食べてみたい。醤油があれば食べ方の幅も広がって文句ナシなんだがな」



 俺はクラーケンを回収し、美味しく調理していただいた。


 ダイオウイカは大味で美味しくないと前世で聞いたことあるが、そんなことはなかった。

 身は歯応えがあってアンモニア臭さもなく、磯のいい香りがした。


 兵士たちにも振る舞ったが、見た目が気持ち悪いという理由で敬遠され……。


 どうにか必死に説得して食べさせたところ、意外と美味しかったようでその夜は水兵たちがイカパーティーをしていた。


 いっそ今度海鮮パーティーとか開いてもいいかも知れない。









 それから一ヶ月後。



「全軍出撃ッ!!!! 最大船速ッ!!!!」


「最大船速ッ!!」



 俺を載せた旗艦『ベギル』は魔大陸を目指して出撃するのであった。






―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

夜のメリエルはSっ気がある。しかし、攻められるとMに転じて甘えてくる。エリュシオンやナサリーから教わったテクニックでサキュバスと同等以上のテクニシャン。



クラーケンを食べたい人は★★★ください。



「旗艦『ベギル』で草」「ファンレター全部返信してんのか……」「あとがき助かる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。



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