第14話 悪役貴族、人々を迎えに行く






 数十人の人々が暗雲の下を歩いていた。


 アルテナ王国の王都に隣接するアリアドア領で暮らしていた者たちだ。



「お兄ちゃん、フラッグシルトってところに行けば、わたしたち助かるの?」


「……そうだね。きっと助かるよ」


「そっかー。美味しいもの食べられるかなー」



 その青年は不安そうな幼い妹を元気付けるために笑顔を見せた。


 アリアドア領の領主は王都で虐殺を繰り広げた魔王軍を恐れ、降伏することを決定した。

 それもある意味、領主として正しい判断なのだろう。


 しかし、青年は王都から逃げてきた人々から話を聞いて確信していた。


 魔王軍に降伏したところで、アリアドア領で暮らす者たちに待っているのは一方的な虐殺だろう、と。


 アリアドア領にいても未来はない。


 すぐにでも逃げねば、幼い妹も魔物に食われて死ぬだろう。

 かと言って、何の伝手もない平民の兄妹が生まれ育った地を離れてどこに行けばいいのか。


 そう思って頭を抱えていた夜、青年は女神エリュシオンの夢を見た。



『アルテナ王国の辺境、フラッグシルトに太陽の光差す地あり。滅びに抗う者よ、その地に集え。人類最後の砦はそこにある』



 不思議なことに、近所の人々も全く同じ夢を見たらしい。


 青年は即座に決断した。


 同じ考えを持つ他の人々と共にアリアドア領を出発し、女神の語るフラッグシルト領を目指すことにしたのだ。


 アリアドア領を出て七日が経った。



「はあ、はあ、ぐっ」


「お兄ちゃん、大丈夫?」


「あ、ああ、ちっとも平気だ。さあ、歩こう」



 青年の体力は限界を迎えていた。


 青年たちは知る由もないことだが、魔王が発動した『邪神の吐息』は生命力を無理やり奪い取るというもの。


 生命力があり余っている子供ほど疲労しにくい反面、大人は疲れやすい。


 しかし、青年の足は止まらなかった。


 両親を亡くして頼る者がいない妹を一人残して逝くなどあってはならないから。

 青年は挫けそうになっても気合いを入れ直し、何度も立ち上がった。


 そうして歩き続けてフラッグシルトまであと少し、というところで事態は急変した。



「おいおい、なんで人間の群れがこんな場所にいるんだぁ!!」


「理由なんてどうでもいい!!」


「とっとと食っちまおうぜ!!」


「ギャハハ!! どいつから食っちまおうか!!」


「おではガキをもらうぞ!! ガキの肉は柔らかくてうめーんだ!!」



 人間の首など容易くへし折る怪力の魔物――オーガの群れが襲ってきたのだ。



「フラッグシルトまであと少しなのに!!」


「戦える奴は時間稼ぎだ!!」


「子供たちを守れぇ!!」



 大人たちが武器を持ち、オーガに立ち向かう。


 しかし、ただでさえ人よりも強いオーガが『邪神の吐息』で身体能力が底上げされている。


 戦ったところで勝ち目はない。


 それでも自分より弱い者たちを守るために大人たちは戦った。

 青年も最愛の妹をむざむざとオーガに食われてたまるかと剣を持って駆け出す。


 結果は――



「ギャハハ!! 弱ぇなぁ!!」


「うぐっ」



 辛うじて息はあるものの、大人たちはオーガに羽虫のごとくあしらわれてしまった。



「お、このガキうまそーだな!!」


「っ、や、やめろっ!! 妹には、手を出すな!!」


「んだぁ? 妹ぉ?」



 妹に近づこうとしたオーガの足にしがみつき、必死に食い止めようとする青年。


 オーガは青年の最後の抵抗が鬱陶しかったのか、青年の首を掴み、軽々とその身体を持ち上げてしまった。


 そして、じっくりと首を締め上げる。


 苦しみに悶える青年を見て、オーガたちは下品な笑い声を上げた。



「ギャハハ!! ならまずはお前から食ってやる!! 後で妹も食ってやるから、おでの腹の中で妹が来るのを待ってろぉ!!」


「あっ、がっ!!」



 首を絞められてもがき苦しむ青年。


 しかし、死を目前にして青年が思い浮かべたのは他ならぬ妹のことだった。


 青年は心から祈る。



(誰でもいい!! 神でも悪魔でもいいから、妹だけでも助けてください!! オレの命を差し出しても構いません!! 妹だけは!! 妹だけは!!)



 その時だった。


 青年の首を締めていたオーガの眉間を正確無比に矢が射貫いたのは。



「うぇ?」



 オーガは間抜けな言葉を最後に、そのまま倒れて絶命した。

 青年は一体何が起こったのか分からず、むせながら周囲を見渡す。


 そして、馬に乗って駆ける一団の姿を捉えた。



「あ、あれは……」


「ま、間違いない!! フラッグシルトの旗だ!!」


「助けに来てくれたのか!?」



 大人たちが声を上げたのも束の間、オーガが次々と眉間を矢で撃ち抜かれて絶命していく。


 オーガたちは戦慄した。



「なんでこの距離から当てられんだぁ!?」


「ま、間違いねぇ!! 『首狩り』だ!!」


「逃げろぉ!!」


「ひいっ!!」


「お、落ち着けお前らぁ!! 所詮はただの人間だあっ!! 囲んでぶっ殺しちまえば――」



 リーダーらしきオーガの脳天が矢で射貫かれ、断末魔の叫びを上げる間もなく絶命した。


 あの屈強なオーガの命が面白いくらい次々と刈り取られていく。

 それは先程までオーガたちが青年たちに行っていた一方的な暴力そのものだった。


 やがて、馬に乗った一人の男が近づいてきて青年に声をかけてくる。



「怪我はないか?」


「は、はい、お陰様で。貴方は……?」


「俺はフラッグシルトの領主、ベギル・フラッグシルトだ。女神エリュシオンの導きにより、お前たちを迎えに来た」


「あ、貴方がフラッグシルトの!?」



 フラッグシルトの領主と名乗った男――ベギルは真っ直ぐオーガたちの中に突撃し、その首を次々と刈り取る。


 まさに蹂躙だった。


 青年の妹がオーガを瞬く間に殲滅したベギルを指差して目をキラキラ輝かせる。



「すごいすごい!! お兄ちゃん見た!? あの人、悪い奴を一瞬でやっつけちゃった!! すっごく強いね!!」


「こ、こら!! 領主様に向かってあの人呼ばわりはやめなさい!!」



 すると、妹の声が聞こえていたらしいベギルが楽しそうに笑った。



「はは、元気な妹さんだな」


「し、失礼しました!! 妹には言って聞かせますので!!」


「子供を相手に怒るほど大人気なくはない。それよりも魔物が集まってくると厄介だ。怪我人の手当てが終わり次第、領都まで護衛しよう」



 目を瞬かせる青年。


 子供とはいえ平民の無礼を笑って許した挙句、自ら護衛する貴族を青年は知らなかった。


 青年は半ば確信に近いものを得る。


 この領主の下で戦えば、いつか世界に太陽を取り戻せるのではないか、と。








 続々とフラッグシルトに集結するであろう人々を統率するためにパデラが取った作戦。


 それは至ってシンプルなものだった。


 まず最初に、安全性を高めるために結界剣を持たせた斥候部隊を方々に派遣し、フラッグシルトを目指す人々の集団を事前に発見する。


 そして、俺自らが迎えに行くのだ。



「俺はフラッグシルトの領主、ベギル・フラッグシルトだ。女神エリュシオンの導きにより、お前たちを迎えに来た」



 ここでエリュシオンの名前を出す。


 集団が魔物に襲われていたら助け、怪我人がいたら無償で治療し、できるだけ笑顔で優しく話しかける。


 そうしてリーダーとして認めさせるのだ。


 ただこの作戦、あらゆる方面に向かわねばならないのがめちゃくちゃハードだった。


 フラッグシルトを目指す集団がいたら西へ東へ、一日に二、三回ほどとにかく馬に乗って全速力で向かう。


 ……腰と尻がめちゃくちゃ痛いのだ。



「パ、パデラ、次は?」


「次は南南西方面、その次は南東方面から人々が集結中と斥候部隊から報告がありました」


「了解。行ってくるぜ」


「……あの、ベギル様。提案した私が言うのも何ですが、体調が優れないのであれば休まれた方がよろしいのでは?」


「問題ない。俺がやるべきことをやっているだけだ。休む暇はない」



 そして、何日も同じ作業を繰り返した結果――



「フラッグシルトの人口が6000人を越えました」


「すっげー増えてる……」


「まだ近隣の領地から集まっただけです。隣国や遠方の地から集まる人々を合計すれば、万を越えることが想定されます」


「……多いな。頑張った甲斐がある」


「それから密偵を放って調査を実施したところ、新しくやってきた人々のほぼ全てがベギル様を好意的に捉えていることが判明しました。こちらはベギル様の評判をまとめた書類です」



 そう言ってパデラが渡してきたのは、分厚い紙束だった。


 内容を確認する。



『命の恩人。お役に立ちたい』


『平民にも分け隔てなく接する好ましい人柄』


『イケメン。掘られたい』



 ……おい、最後の!!



「なんか俺に掘られたい、みたいな意見まであるんだけど」


「ベギル様と誰をカップリングするかで揉めている界隈もあるそうです。ちなみに最有力候補はベギル様✕エリュシオン様です」


「やめろやめろ!! 人で妄想するな!! もうちょっと他にやることあるだろ!!」



 ……いや、娯楽に乏しい世界だからこそ、そういう妄想が捗るのか?


 だとしたら下手に禁止するのもまずいよな。


 何か前世で流行ってたボードゲームでも作って娯楽を増やした方がいいかも知れない。


 それはまあ、いいとして。



「食糧と武器は足りるか?」



 俺は早速本題に入る。


 人口が大幅に増加したということは、動員できる人員も増えたということ。

 しかし、同時に物資の消費が大幅に増えるということでもある。


 俺の質問にパデラはモノクルを掛け直し、答えた。



「正直、不足気味ではあります。しかし、新たに製造した三本の結界大剣によって広い農地を確保、更にワカバ様のようなエルフもやってきたことで食糧の生産力は三倍近くになっております。農作物の不足はいずれ解消するでしょう」


「……問題は肉類か」


「はい。現状、肉類は結界剣を持たせた食糧調達部隊がリザードマンやミノタウロスのような魔物を仕留めて持ち帰ることで確保しています。供給は非常に不安定であり、圧倒的に不足しています」


「困ったな。栄養を考えるなら、兵士たちには優先的に肉を食わせてやりたいんだが」



 野菜だけ食ってちゃ栄養が偏ってしまう。


 屈強な兵士を得るためには、この問題を早急に解決せねば。



「それから、武器も足りていません。正確に言えば武器を作るための資源が」


「……鉱石採掘部隊の人員を倍にしろ。護衛は三倍だ。前のような犠牲者は、もう出させないように」


「了解しました。あと、もう一点」


「なんだ?」


「……新しくやってきた人々のために仮設住居を用意しているのですが、こちらも木材不足と大工不足で建設が遅れております」



 む。木材と大工の不足、か。



「それは、困ったな。エルフの促成魔法で木材の量産は?」


「ワカバ様に聞いてみましたが、樹木は成長が遅いため、促成魔法は効きにくいと」


「……どうしたものかね」



 せっかく人がやってきても、その人たちを受け入れるための住居がなくては意味がない。


 何かいい案を考えないと。



「ああ、それともう一つありました」


「……まだ何かあるのか? もう考えなきゃいけないことだらけで頭がパンクしそうなんだが」


「すぐに解決できる問題です。ベギル様の世継ぎを作るべき、という意見が人々の間で飛び交っております」


「世継ぎ? 子供ってことか?」


「はい。もし万が一、ベギル様の身に何かあった時のために御子がいるべきだろう、という話です。私も同意ではあります」



 いや、そんなこと言われても。



「そもそも相手がいないし」


「ベギル様が命令すれば、股を開く女は大勢いると思いますが」


「嫌な言い方やめろ」



 俺はそういうことは大事にしたい派なのだ。


 命令して無理やりとか、義務感で子供を作るのも違う気がする。

 でもまあ、意見の一つとして心に留めておこう。


 ……その日の夜。


 魔王軍の手先が寝所にまで侵入してくることなど、俺は想像すらしていなかった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

最近エロが足りてないと思ったので次回はギリギリまで攻めます。


★★★ください。



「人口爆増してるw」「問題だらけで草」「あとがきの宣言で笑う」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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