サイドストーリー20 「温室グリーン作戦:トマトは爆ぜない」

私メグミ。今日も朝比奈邸に来ているの。

「今日の目標は三つ。“22.5°で張る”“盛らないで育てる”“さらりと結ぶ”。――角度と節制と、ついでに気品」


屋敷裏の空き地に、私たちの秘密兵器――簡易温室が立ち上がる日だ。「テレビでアイドルがビルの屋上に畑を作っているのを見て、私は感動した。だからやってみたい。ということで、ユウトの家の屋上で畑をやります。今日は農業に造詣の深いロレンスさんに来てもらいました。」ビニール、ポール、ジョイント。サッちゃんはもう気合で鉄骨を曲げそうな目をしている。


「朝比奈邸の皆さん、今日はよろしく」ロレンスは農業だというのに英国貴族の装い。絶対に汚れないように気を遣わないと。


「いや、なんでだよ。自分の家でやってよ」

「ご主人様~! 支柱、片手で“ぐにゃ”っといけますよっ!」

「いけないから! 物理で勝つな!ノリノリだな!」ユウトが慌てて止める。

リナは図面を片手に、いつもの落ち着いた声で指示した。「まずは基礎を水平に。ポールは**22.5°**で張ると風抜けが良いわ」

「22.5°……」私はメジャーを当て、印を付ける。合言葉みたいで楽しい。


そこへ、白衣にマグカップのミナミが登場。

「やってるな、労働者ども。pH計、導電率計、土壌水分センサー、糖度計、今日の恋愛運――全部持ってきた」

「最後のいらない」ユウトはあきらめて軍手を装着した。


温室、起動


骨組みが立ち、透明ビニールをさらりと被せる。

サッちゃんは得意げにロープを手にした。「結びは任せてくださいっ。ハリケーン・ドール秘伝、“瞬間・固結び”!」

「固めすぎると張力が偏って破れるの。さらりと結ぶのが流儀よ」リナが手を添え、結び目の空気だけをスッと抜く。――すご、ほんとにさらり。


KAIN《温室タイムラプス撮影:起動。記念スタンプ:“おめでトマト”》

画面隅でスタンプが**22.5°**傾いて貼られた。癖が強い。

KAIN《BGM候補:ファンファーレ→採用。演歌→却下(誰)》

ロレンス(いつの間に)が目を逸らした。犯人はたぶんこの人だ。


愛情=過肥、禁止


苗が運ばれる。今日の主役、ミニトマト。

リナが簡潔に講義。「pH6.0〜6.5。水は‘表土が乾いたら’。肥料は規定量、絶対に盛らない」

「了解ですっ! 愛情マシマシで――」

「サッちゃん、今“盛る”って言った」

「……言ってないです。言って、ないです……(ポケットから液肥ボトルがカラン)」

没収。しょんぼり肩が落ちたその背で、彼女はメモ帳を出した。温室の柱に手書きの表を貼る。

観察シート

・本日の葉色:若草色

・土:しっとり

・自分:愛情、控えめ(がんばる)

その“控えめ”に丸をつける手が、ちょっと誇らしげで、可愛い。


理系、たまに暴走


ミナミがセンサーを温室に差し込みながら、唐突にこっちを指差す。

「Brix(可溶性固形分)チェック。メグミちゃん、動かないで」

「トマトじゃなくて私の汗を屈折計で測らないでぇ!」

「失礼。まず作業者の塩分補給を最適化しないとデータが死ぬ」

私は麦茶を配り、場の“塩対応(物理)”を解除する。


ロレンスが軍手を外して微笑む。「園芸はね、土と対話だ。盛らないことは、信じることでもある」

名言が決まった瞬間、足が畝の端にズボッ。

「……今のは、見なかったことに」

上品さの裏に一粒ドジ。こういうの、好感度が上がるのずるい。


水やりは“ほほえみ圧”


いよいよ潅水。サッちゃんがホースを握る。「“拳圧”で均等散水っ!」

「ちょっと待って。圧はほほえみでコントロール」私はノズルを霧にして、さらりと回し振り。

「ほほえみ……っ!(笑顔MAX)――ボフッ」

笑顔と握力は比例らしく、霧が一瞬で高圧ビームに進化。土が波立ち、ホースが暴れ、全員びしょ濡れ寸前――

ロレンスだけ、いつの間にか番傘で無傷。強い。


KAIN《散水ログ保存。可視化テーマ:“盛らない水”》

画面の水量グラフが、**22.5°**の緩やかな傾斜で落ち着く。かわいいUIだなぁ。


バジルと“盛らない”混植


「混植、やるわよ」リナが小さなポットを示す。

「トマトの根元にバジルを。病気が減って香りが跳ねる」

「わぁ、料理の授業みたい」

ユウトがうなずく。「じゃ、初収穫のときはオイル一滴でさらりと……楽しみだな」


KAINのタイムラプスと、最初の花


作業を終え、全員で温室の外に座る。

KAIN《成長タイムラプス:再生》

画面の中で、一日が数秒に縮まり、葉が広がり、さらりと花芽が立ち上がる。

KAIN《初開花。記念スタンプ:🍅“おめでトマト”》

やっぱり**22.5°**傾いて貼られるスタンプ。もうこの角度、癖になる。


そして数日後――“初収穫は3個”


朝の点検。“赤い”が、3個。

「……三つ、かぁ」私は思わず声のボリュームを落とす。

「三つも、だよ」ユウトが微笑む。

サッちゃんが両手を胸に当て、「過肥、我慢してよかった……!」と小刻みに震える。

ミナミが糖度計を構える。「測る」

「今度はちゃんと実を測って!」

「Brix 8.2、合格。――じゃ、儀式だ」ロレンスがナイフを取り出し、さらりと八等分。

「最初の実りは“儀式”。音を立てず、さらりと」

その瞬間、サッちゃんの喉が、ぐぅ。

「……聞かなかったことに」

儀式は笑いで破られ、それでも味はちゃんと甘かった。バジルの葉を一枚、オイルを一滴。香りが跳ねる。

ユウトが目を丸くする。「うまっ……これ、倍美味い」

「盛らないの、勝利ね」リナが涼しく言う。


KAIN《“初収穫感謝”スタンプ:(22.5°)》

KAIN《BGM:ファンファーレ→採用。演歌→却下(誰)》

ロレンス、また目を逸らす。ほんとに誰。




片付けのとき、温室の裾に小さな泥の葉っぱ型の足跡が点々と続いているのを見つけた。

「……タヌキ?」

KAIN《未確認生物を検知。分類:物体X(可愛い)》

「分類に感情挟むな」

生垣の向こうで、ふわりと“尾”が消えた。

私は腕まくりをもう一段。次回、“夜の見回り隊”発足――さらりと戦う準備はできている。

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