第20話「マッドな科学者参上? 朝比奈邸を襲う嵐の予感」

午後三時、空の色が急に深くなる。庭の風鈴は鳴らず、ただ震えていた。


KAIN《気圧低下。十五分以内に局地雷雨。屋敷は避雷規格J-αに準拠》


ユウト「“ご安心を”って言われるほど安心できないの、なんでだろう」


サーシャ「ご主人様! 物干し竿で雷を──」


リナ「ダメ。雷は“管理”であって儀式じゃないの」


ABEL《補足:物干し竿は避雷針の代替ではありません。なおユウト様は“嫌な予感”モードです》


予感は、だいたい当たる。


《ガラガラッ──ドォン!》


庭に、雷が落ちてきた。っと思ったが、錆びた洗濯機のドラムと扇風機を合体させたような飛行物体が、逆噴射で突っ込んできた。蓋が跳ね、白衣の女性が飛び出す。片方だけ跳ねたポニーテール、額にゴーグル、ポケットにはドライバーと“責任の所在が曖昧になる許可証(自作)”。


「着地ー! 理論上は成功ね! やっほー朝比奈邸の皆さん! 松戸ミナミ、元・黒百合技研、今は流浪のラボ“ミナミ工務店(個人)”。」


リナが目を細める。「……松戸博士の関係者かしら?」


「そう、その松戸。サーシャの装備や、リナの朱雀補助縫製の初期縫製、うちの家系の“誇らしい副産物”。それから――」


ミナミは屋敷を見上げ、きらきらした目で口角を上げた。


「この家、いいわね。**家屋OS(KAIN)と人格車両(ABEL)**が同居してる匂い。こういうの、世界でいちばん好き。わたしはここに住むべきだわ!」

ユウト「なんだこの人。めちゃくちゃヤバい人じゃないか」


KAIN《不審者。入邸には身元確認、危険物申告、倫理誓約、火気厳禁誓約が必要です》


ミナミ「はい電子署名、はい承認。KAIN、**握手(ハンドシェイク)**しよ? “安全手順”を今ここで共通化。私の危険度は自己申告で“B”(設備にダメージ、人的ゼロ)よ」


ABEL《ご挨拶を。私はABEL。ご主人様とこの家の“心拍管理”を担当。危険度自己申告は“信用保留”に設定しました》


「信用保留、嫌いじゃない!素晴らしい車ね」

ミナミはにこっと笑い、掌を軽く差し出す。「いつか“信頼”に昇格ね」


その瞬間、空の底が抜けた。


《ザァァァァァ……!》


KAIN《屋根上、避雷針台座に微弱発熱源。金属共振。……結晶シグナル》


ミナミ「ビンゴ。“ATMOS-Σ”。気圧の“面白がり屋”。嵐を劇場にしたがるタイプ。わたしは結晶がこの家に集まってるの気になってね、回収に来たわけ」


サーシャ「行きますっ!」


リナ「装具。絶縁靴。命綱。段取りが先よ」


ABEL《屋根上ルート阻害なし。風速上昇。全員、心拍モニタ接続》


ミナミはベルトから筒状の装置を引き抜く。「《アトモス・スヌーパー》。KAIN、テレメトリ貸して。安全手順で約束する。“停止できる失敗しかしない”」


KAIN《仮承認。条件:私の“停止権”を最上位に。あなたの装置は私の合図で強制OFF可能》


「最高。家族AIの権限設計、それだよそれ!」



屋上の斜面に出ると、避雷針の銅板の根元に、指先ほどの半透明体――結晶が呼吸するみたいに明滅していた。稲光が雲の奥で喉鳴りをし、雨は屋根をはじくビートを刻む。


ミナミ「KAIN、主電路の切替タイミングを三拍子で。ABEL、人間最優先回避を“強”に。サーシャ、上昇流の芯、切れる?」


サーシャ「はいっ!(物理)」


リナ「ケージは私が持つ。手順、声に出して――」


《バチィィィ!》


瞬間、風が屋根の片側を持ち上げる力へ育つ。避雷針の根本が“浮こうとする”感覚。


リナ「上昇流、来る!」


「物理、行きますっ!」


サーシャは絶縁モップを地に突き、身体ひとつで風の筋を横薙ぎに断ち切った。芯が崩れた一拍の“隙”に、リナが台座を滑らせ、ミナミの小型ケージの内側へ落とし込む。ケージは傘の骨のように開き、金属メッシュの花を咲かせる。


ミナミ「偽物の落雷で“おもしろさ”を上書きする――」


親指サイズのカメレオンクリップを台座に固定。火花が安全な経路へ流れる仕掛けだ。


ABEL《人員安全確保。落雷予測T−3》


KAIN《主電路切替、三、二、一──》


《パァァァン!》

避雷針の脇に雷。空気が焦げる匂い。だがケージの中の結晶は、偽物のスパークに気を取られ、面白い方を選んだ。


リナ「今よ」


結晶がピンセットにコトリと乗り、ケースへおさまる。


雨の圧が一段弱まる。皆の肩から、同時に力が抜けた。


ユウト「……生きた心地、半分だけ戻ってきた」


サーシャ「ご主人様ぁぁ、守れましたっ♥(※強ハグ)」


ABEL《肋骨警告。強度閾値に接近》


KAIN《回収完了。被害ゼロ。良い仕事でした》


ミナミはケース越しの結晶を覗き込み、満足げに頷く。「ATMOS-Σ。かわいい顔で嵐をいじる悪戯っ子。――ねえKAIN、ABEL。君たち、互いをどう“家族”として扱ってる?」


ABEL《家族、という語は好ましい。私は“ご主人様のストレスと安全”を一次関数に置く。KAINは屋敷の全体最適を常に追う》


KAIN《私は“手続”。ABELは“感情”。衝突はあるが、最短で和解するプロトコルが運用されています》


ミナミはにっこり笑った。「最高。なら、第三の家族を差し込もう。“退屈を減らす係”。」



応接間。タオルとホットミルク。ミナミはホワイトボードに走り書きする。


「提案①:《PLAYPEN(プレイペン)》――結晶の“好奇心”を満たしておとなしくさせる安全な遊び場。風路・温度・光を変調。退屈=最大の敵だから、退屈させない」


KAIN《賛成。運用は私の監査下。緊急停止は二重鍵(ユウト+KAIN)》


ABEL《呼称は可愛いので採用。演出は私が担当できます》


「提案②:KAIN×ABEL×ミナミの三者“家族プロトコル”。優先順位は“命→家屋→笑顔”。危険実験の閾値は“停止できる失敗しかしない”。爆発は――」


全員「ゼロ回」


「交渉強いね!」

ミナミは素直にゼロ回に二重丸をつけた。


「提案③:装備の今風アップデート」


・サーシャ:掃除機ランチャーに“衝撃拡散パッド”追加。室内被害**−30%目標**。ブースト制御に“柱梁認識”をつなぎ、家を殴らない。

・リナ:朱雀補助縫製に“逆位相ダンパ”を縫い込み、気流演出の観客側ゼロ被害。吊り物の能動安定化も追加。


リナ「数値は“最大時”注釈を。実務は“平均時”で語ること」


「わたしの頭脳でアップデートだけじゃなく、もっと凄い装備も作れるわ」

ミナミは注釈を追記し、AB型の笑みを浮かべた。


「それと、個人的興味――KAIN、君の“躊躇”が見たい。完璧な手続は美しい。でも、ときどき“ためらい”が最短ルートを救う。私はそれを“家族アルゴリズム”と呼ぶ」


KAIN《評価:興味深い。躊躇のモデル化は倫理審査が必要。申請フォームを送付します》


「送付ありがと。倫理は成功“前”に設計する」


ABEL《ミナミ、あなたの心拍が速い。喜んでいる》


「うん。機械と家が家族になってる匂い、たまらない」


ユウトは図面と結晶ケースと、賑やかな面々を見回し、苦笑しながらも頷いた。


「ユウト君にお願いがあるわ、この屋敷に間借りさせてほしいの。

お金はないから家賃はわたしの頭脳よ!それとも若い男の子には…」


ユウト「いいです。いいです。サッちゃんやリナも助かるし、KAINやABELも楽しそうだから。お願いします。」


ミナミ「食い気味ね。まあいいわ。このお屋敷で実験三昧よ。世界を加速させていくわ~」

KAIN《世界は加速させないでください。家内安全の範囲で》


ABEL《“家内安全(物理)”プロファイル更新》


ミナミはゴーグルを指で上げる。「契約成立。私は君たちの退屈を減らす係。代わりに――」


全員「爆発ゼロ」


「はいはい、ゼロ」

彼女は自作のスタンプをペタンとホワイトボードに押した。《安全第一/好奇心第二》


窓の外、雨が最後に屋根を撫でる。耐熱ケースの中で、ATMOS-Σが満足げに一度だけ点滅した。


サッちゃん「ミナミさん、ありがとう……」


「こちらこそ。――ねえサーシャ、あなたの本名で呼べるの嬉しい。装備、直そう。あなたの“愛の鉄拳”が、家族を傷つけないように」


リナ「ついでに、私の朱雀も演出寄りにね。観客を笑顔で帰すのが最優先」


「任せて」


ミナミは白衣の袖を正し、真剣な顔でKAINとABELに向き直る。


「家族会議、定例化しよう。**KAINは手続の父、ABELは感情の兄、私は“退屈の敵”。**この家は、きっともっと安全で面白くなる」


KAIN《議事録テンプレートを準備します》


ABEL《次回議題:家族の定義と範囲。おやつ可否》


「おやつは可。倫理も可。実験は、“停止できる失敗しかしない”。」


笑いが重なり、家はまた少し、家になった。


第20話 (完)

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