元バスケの逸材・俊
2月1日。日曜日。来る日。
寒空の中、俺はいつもなら早めに行って1人でシューティングをする時間に、別の目的のために体育館に向かっていた。
雪が深々と降る中、寒さと鈍い色の空が今の自分の心を反映しているように思えるが、いつもより身軽な分足取りは軽い気がする。
雪で覆われた歩道には、この道を真っ先に歩いた先駆者の足跡があり、そこに歩幅を合わせるようにして後続の複数人が歩みを重ねた痕跡が残っている。
そんな道を歩きながら、時々全く足跡がついていない真っ白な部分を踏みしめてみたりする。
無意識なのか意識的にそうしたのかは俺にもわからない。
家を出てから20分ほどして、体育館専用の玄関前についた。
いつもより滑りが悪い扉を横にずらし、靴を脱いで靴箱に置く。
体育教官室までの10メートルほどの廊下を歩きながら、大きくなる心臓の鼓動を必死に抑える。
体育教官室の前についた。
大丈夫。俺の判断は間違っていないよ。
そう自らに言い聞かせ、深く息を吐いてからノックをする。
「誰だ。どうしたんだ。」
コーチのいつも通りの声に一瞬ビクッとするも、意を決して「失礼します。」と断りを入れてから、恐る恐る中に入る。
正直、そこからのことはほとんど覚えていない。
ただ一つわかっているのは、今まで経験したどの試合よりも、どの試験よりも緊張と不安が止まらなかったということ。
足の震えが止まらなかった。
唇も震えていて、おそらく血色も悪かったと思う。
コーチを前にした俺は、すぐにでも何かに自分の全体重を預けたいほどに、不安定で倒れそうな脆さがあることを自分でも感じていた。
それでも、絶対に弱腰になってはいけないと思い、ただただコーチをまっすぐ見つめながら決して目を離すことはなく、意志を強く保つことだけに全神経を注いだ。
少しでも気を抜くと、言いくるめられてしまって、迷いが出てしまいそうだから。
30分ほど経った頃、俺は体育教官室を出た。
詳しい会話などは覚えていないが、コーチにはなんとか俺のわがままを受け入れてもらったため、来たときとは逆方向に体を向け、玄関に向かう。
体育館にも最後に足を運ぼうか迷ったが、昨日の練習試合で"俺はバスケ部の一員として体育館に来るのはこれが最後なんだ"と決意したから、やめた。
さっきよりもゆっくりとしたスピードで、考え事をしながら廊下を歩く。
ここからは、俺はなんでもないただの高校生になるのか。
自分で決めたことだけど、なんだか不思議な感覚だ。
正確には今までもただの高校生だったんだろうけど、もうここからの高校生活で新聞に写真が載ったり、ニュースに取り上げられることはない。
でもそれでいいんだ。だからこそ俺は今日バスケをやめたんだ。
靴棚から靴を取り出し地面に置き、段差に軽く腰掛けながら靴を履いた。
30分ぶりに外に出る。
さっきよりも空の濃淡がはっきりしているように見える。
今、俺の心は、達成感と呼べるのか、それとも不完全燃焼感と呼べるのかすらわからない感情が混ざり合う、とても複雑で混沌としている空間のようだ。
元チームメイトたちに見られないよう、早足で歩を進める。
両親にはまだ何も伝えていないから、きっといつも通り練習に行ったと思っているはずだ。
約1時間半前に家を出たはずの俺が帰ってきたら、どんな反応をするんだろう。
そして、バスケをやめたと告げたらどれだけがっかりするだろうか。
学校に向かう時よりも、足が重く感じる。
新しい人生の始まりでもあり、今までの人生の終わりの日でもある。
でも、いつかは終わる運命であることに変わりはないんだから、きっとこれでいいはずなんだ。
バスケ部はきっとインターハイに行く。でも、俺は必要ない。
だから、俺は後ろを振り向かずに新しい自分を前向きに生きてくしかない。
さっきよりも風が強く視界が悪くなった道を少しづつ進む。
今見えている世界は、これから俺が進んでいく道のりを暗示しているような気がした。
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