ねぇ、元気にしてた?
ちゃみ
きらきら、紫陽花
何故、そんなことをしたのか分からなかった。といえば嘘になる。退屈だったから。ちょっとエロくて楽しい雰囲気に浸りたかったから。
私は高校卒業後、進学も就職もせずにアルバイトを転々とし、時々単発派遣で小銭を稼いでいる。たまたま派遣されたコールセンターと、元カレのアパートの最寄り駅が一緒だった。めまぐるしい勢いで開発が進んでいる東京の主要エリアとは裏腹に、田園都市線沿線のS駅はあまりにも変わっていなくて、あのジメジメした空気や湿った匂いさえも五年前の、あの頃のままだった。
元カレ、-今思うと、「付き合おう」とかそういう契りを交わしたことはなかった-とは一年程関係を続け、五年前に別れたきり全SNSをブロックし連絡を絶っている。ほのぼのと波風なく過ぎていくカレとの日々、徐々に冷たくなるカレの態度に不満を抱いた私は別れ話を一方的に切り出した。
「お前がそうしたいならいいよ。」と言われた時、
付き合い始めたばかりの頃のカレの言葉を思い出した。
「俺は、俺のことが好きな奴が好きだから。」
派遣バイトを終え、外に出るともう日は沈んでいて、夕立があったのかアスファルトが濡れていた。駅の方向へ、来た道をなぞるように歩いていく。公園の前を通ると、濡れてキラキラしている紫色や水色の紫陽花が目に留まる。
色々なことを思い出す。眠りの浅い私が丑三つ時に目を覚まし散歩に行きたいと駄々をこねると、いつも付き合ってくれていたカレ。夜中の公園に静かに佇む紫陽花をみて「綺麗だねぇ」と言って写真を撮っていたカレ。その写真をSNSにアップしていたのを見て私との小さな思い出を記録してくれているんだ、と嬉しくなったことも。
別れた当時確かに感じていた嫌悪感や悔しさや悲しさは、いつの間にか、消えていることに気がつく。今一人で眺めている紫陽花と湿ったアスファルトの匂いが、昔の記憶を鮮明に蘇らせる。どっぷりと昔の恋に浸りたい自分とは反対に、「昔のことだからきらきらした楽しいことばかり思い出すのだろう。」と俯瞰している自分もいた。
家に帰り、夕食を終えた22時前、SNSでカレの名前を検索してみるとすぐにカレのアカウントがでてきてぎくり、とする。私はアカウントを新しくしていたが、カレのアカウントは昔のままで非公開にもされていなかった。五年の間で八件ほど新しい投稿がされていた。カレの肩まであった髪の毛は今では短く刈られて金髪に染められているようだ。スクロールをしていくと、あの時一緒に見た紫陽花の写真が消されず残っていた。
迷うことなくDM画面を開いてメッセージを送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます