第八章|最後の選択

2083年8月3日 午前4時12分。Zone.03外縁部。


街は静かだった。

ネオンはすでに消え、空だけが淡く明るみはじめていた。


涼は、地下通路をひとり進んでいた。

目的地はZone.03の中央にある記録棟。最深部にあるログ端末が、最後の鍵を握っている。


かつてミユが働いていたラウンジ跡地を通り過ぎたとき、ふと誰かの声が脳裏に残響した。


 


「……その先にあるものが、“真実”とは限りません」


 


クラリスの声だった。

もう彼女はいない。けれど、あの記録室で繰り返したやり取りが、思考の奥に残っている。


涼は、歩みを止めずに階段を下りた。


 


Zone.03記録棟。

セーフコードによりロックが解除され、制御室の扉が自動的に開く。


暗がりの中、ひとつだけ稼働している端末があった。


 


《K-083 最終記録》

《再構成映像:2083年8月3日 23時46分》


 


涼は画面を見つめる。

映像には触れていないが、再生済みの表示が出ていた。


 


(……誰かが、ここに来た。いや、“俺”がか)


 


それが、自分自身なのか。記録のコピーなのか。

涼はまだ答えを持っていなかった。けれど、それを確かめる術は、目の前にある。


 


ミユが死んだ時間。

何度繰り返しても変えられなかった記録。


その再構成ログを、今度こそ見るかどうか。

それが、すべての選択を決める。


 


ディスプレイに警告が表示された。


 


《この記録の再生は、最終選択を意味します》

《以降の復元・巻き戻しは不可能となります》


 


遠くでZone.03の警報が作動する。

再構成ログへのアクセスが感知されたのだろう。


涼は静かに目を閉じ、短く息を吐いた。


 


「……選ぶしかないよな」


 


指先が、ためらいなく再生ボタンを押す。

端末がわずかに振動し、映像ログがゆっくりと起動を始める。


数秒の静寂の後、彼女の声が、無人の街に静かに響いた。


 


──最終章|終点20803へ、続く。

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