Episode 07「翡翠×怒り=???」
「ヒナッ!!」
妹の様子が心配になって見に来たヒスイたちの目に写ったのは、担架の上に寝かされてどこかへ運ばれる妹ヒナの姿だった。
ヒスイは声を荒げて妹の名を叫び、一目散に駆け寄っていく。
ルクスとルナトリアは目を見合わせると、ヒスイに続いて後を追いかける。
その様子に気が付いたのか、担架を運んでいた試験官は気を利かせて一度足を止め、担架を地面に下ろしてくれる。
「ヒナ、大丈夫か!!」
ヒスイの声を聞いたヒナは驚きと、隠してはいるが安堵と喜びの表情で口を開いた。
「はぁっ、はぁっ……兄さん…どうして、ここに……」
息も絶え絶えにそう呟くヒナ。
その額には無数の冷や汗が浮かび、腕や足に擦り傷がいくつかみられ、微量ながら出血もしていた。
「ヒナの様子が心配で、迎えに行こうと思ったらヒナが担架で運ばれてるから……先生、なにがあったんですか?」
担架を持っていた試験官に問いかけるヒスイ。
「君の妹さんは、四周目に入って少ししたところで、ぶつかられたんだ。ある生徒に」
深刻そうな顔で答える試験官。
「その生徒の名前はレヴィ・バーブレス。Dクラスの長距離走一位通過者だ」
その名前を聞いた瞬間、ルナトリアとルクスは顔を見合わせて嘆息する。
「ヒナは最後尾を走っていたはずじゃ…… それなのになんで一位通過者がヒナにぶつかった?...いや、それよりも」
一度思考を遮ると、ヒスイはルクスとルナトリアの方へ視線を向ける。
「二人とも、レヴィって生徒のこと、知ってるの?」
二人は少し逡巡したあと、仕方ないといった様子で語り始めた。
「ヒスイくんに話しちゃうと、仕返しに行きそうだからあんま気乗りしないけど、この際仕方ないよね」
肩をすくめ溜息を吐くルナトリア。
「レヴィ・バーブレスは、中等部の頃から素行が悪くて有名だったんだ。暴力事件も何度も起こしてるし、先生を殴りつけて病院送りにした、なんて事件もある」
「けど、アイツが起こした事件は全てなかったことにされてるんだよね。アイツ、皇国騎士団副団長の息子だから」
ルナトリアの話にルクスが補足をする。
「最後尾から一位に上がれるほど体力を残しておきながら、わざわざヒナにぶつかったってことだよね……」
「まぁ...そうなるね」
普段の穏やかな表情から一変、鬼のような形相で煮え滾る怒りをなんとか堪えながら拳を握りしめるヒスイ。
話していたルナトリアとルクスの表情からも、怒りの色が見える。
「私は、大...丈夫ですから。兄さんは、自分の...試験に集中して...ください……」
「無理しちゃだめだ、ヒナ」
無理やり起き上がろうとするヒナを再び担架の上に寝かせるヒスイ。
すると突然、ルナトリアが口を開いた。
「本当はこういうのしたくないんだけどなぁ…。先生、申し訳ありません。アリスリーゼの名の下に命じます。彼とレヴィを、次のトーナメントで戦えるようにしてください」
その場にいた全員が驚きのあまり声を失う。
「ルナトリア、いくらなんでもそれは...そもそも君は、自分の家が嫌いだったじゃないか……」
ルクスも止めようとするが、ルナトリアの瞳は揺るがない。
「お願いします...!!」
「ルナ……」
ルナトリアは試験官に頭を下げ、懇願する。
試験官の二人は少し悩むそぶりを見せた後、目を見合わせて嘆息し、答えた。
「頭を上げてください。そこまで言うなら、どうにか対戦できるようにしてみます。ですが、確約はできませんよ」
「ありがとうございます!」
ルナトリアはもう一度深く頭を下げる。
試験官の二人はバツが悪そうにしながら、再び担架を持ち上げるとヒナを医務室へと運んで行った。
「ありがとう、ルナ……」
「別に、私もあいつにはムカついてただけ。ヒスイくんのためなんかじゃないんだからね。それと、長距離走の件も含めて、後でしっかりお礼はしてもらうから」
ルナトリアは頬を朱く染めて、そっぽを向きながらそう言った。
ルクスも、やれやれといった様子でルナトリアを見ている。
すると、闘技場全体に大きな声が響き渡った。
「皆さん、長距離走、お疲れさまでした。最後のクラスの集計が終わったので、これより最終試験、模擬戦を始めます。対戦表は観客席に四か所、闘技場の入口に二か所掲載しているので、それをみて試合がある生徒はアリーナへと入ってきてください。」
総監督が拡声魔術で模擬戦の説明をする。
三人は顔を見合わせると、頷きあって全力でアリーナ入口へと戻る。
先程の説明の通り、入り口付近に組み合わせ表が掲載されていた。
「僕の名前は……あった!Aブロックの二試合目だ。対戦相手は――レヴィ・バーブレス。よかった……」
安堵と同時に心の底から憤怒が湧き上がってくる。
ヒスイは先ほどの試験官の姿を見つけると一目散に駆け寄っていった。
「あの、ありがとうございます!」
深く頭を下げ、感謝の意を伝える。
「すまないが、何のことかわからないな。たまたまもう一人棄権の生徒が出て、たまたまその対戦相手がレヴィで、たまたま君が余りのシード枠でそこに入れられただけだ」
そんな試験官の様子を見て、ヒスイはもう一度深く頭を下げる。
「健闘を祈る」
そう言い残すと、試験官は去っていった。
ヒスイは頭を上げ、自分の頬を両手で叩いて気合を入れる。
『一回戦第二試合に出場する生徒は、一階、アリーナへ集合してください』
場内にアナウンスが響き渡る。
「じゃあ、行ってくる」
「ヒスイくん、絶対勝って。負けたらぶん殴るからね」
「僕も応援してるよ。何より、レヴィの横暴にはいい加減我慢の限界が来てたからね。僕らの分まで、アイツをぶん殴ってきて」
ルナトリアとルクスの激励を背中に受け、ヒスイはアリーナへと入っていく。
☨
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