第3話 海で女子高生と遊んだ。

 潮の香りが強くなったと思ったら、目の前がひらけていた。


 海だった。


 川からそのまま流れ出て、俺は浜辺にたどり着いたらしい。水はぬるく、体にまとわりつくワカメがやけにやわらかい。


 波に揺られながら、ぼんやりと空を見ていた。雲がゆっくり流れていく。鳥は見当たらない。


 ふと、視界の端に揺れる影があった。


 砂の上、セーラー服を着た少女のゾンビが、ゆっくり歩いていた。黒い髪が風に流れ、華奢な身体がときおりぐらりと傾く。左腕の肘から下が、ない。


 その少女が、何かを拾っていた。しゃがんでは立ち、また数歩歩いてしゃがむ。その繰り返し。


 なんだろう?


 俺は腹に刺さったオールをぐっと引き抜いた。粘っこい音がして、水と一緒に海藻がずるりと出てきた。


「あ〜」


 声にならない息を吐きながら、少女の方へと歩いていく。波打ち際に足をとられながら、ゆっくりと。


 少女と目が合った。


 深く、黒い目だった。とても静かで、どこか遠くを見ているような。


 しばらく見つめ合っていると、少女が一歩近づいてきた。そして、俺の鼻の穴にそっと指を差し入れて、なにかを取り出した。


 貝殻だった。


 白くて小さい、ほんのかけらのようなやつ。少女はそれをじっと見つめると、また歩き出した。


 足元には、すでにいくつもの貝殻が並べられていた。円を描くように、ゆるやかに、何かの形をなぞっているようだった。


 俺は、手伝うことにした。


 しゃがみこんで、貝を拾っては並べる。ときどき、少女が首をかしげて並び替える。言葉はないけれど、なんとなく伝わる。


 潮が満ち始めたころ、砂浜の上に白いハートが浮かび上がっていた。


 少しいびつで、左下が欠けていた。


 少女がそこに、最後の貝殻を置いた。


 ぴたりと形が閉じる。


 「あ〜」


 少女が、笑った気がした。


 波がまた、ワカメを連れてやってきた。


 ゆるゆると押し返されながら、俺はふと思った。


 こうやって、女子高生と貝殻でハートを作るなんて――


 生きてた頃には、できなかったな。


 そう思ったら、ちょっとだけ、胸のあたりがくすぐったくなった。


 風が吹いた。


 ハートの真ん中に、砂がひとつまみだけ落ちる。


 少女と、もう一度目が合った。


 ポケットに手を入れて、何かを探っている。


 てっきり、また貝殻かと思った。


 でも、違った。


 それは、ヒトデだった。


 乾きかけていて、ところどころ白くなっている。五本の腕が、ぴくりとも動かない。


 くれるのかな、と思った。


 俺が両手を差し出すと、


 ――ぶん。


 少女はそれを、勢いよく俺に投げつけた。


 ヒトデはぐにゃりと曲がりながら、俺の首にめり込んだ。


「んお〜」


 声にならない声が、ヒトデのすき間から漏れた。


 少女は満足そうに、うなずいた。

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