第2話 川に流されながら、どんぶらこ。

 気づいたら、川に落ちていた。


 バシャバシャとか、ジタバタとか、そういうのはなかった。

 ただ静かに、どんぶらこ、どんぶらこと流されていった。


 ああ、これ……桃太郎のやつじゃん、と思った。


 桃から生まれた元気な子。鬼退治して、村を救って、拍手喝采。

 でも、俺は桃じゃないし、誰も拾わない。


 川を流れる俺から生まれるとしたら――


 「ゾンビ太郎」……だな。


 どんぶらこ、どんぶらこ。


 川で洗濯していた老婆が「あらまあ、大きなゾンビが流れてきましたよ」とか言って、ひょいと俺を拾ってくれる。

 ゾンビ太郎は村で静かに暮らす。

 鬼退治? しない。

 せいぜい、井戸の底でぼーっとしたり、薪に埋もれて昼寝したり。

 それでも、たまに村の子どもが遊びにきたりする。


 ……そんな妄想をしていた。


 そのとき、遠くから悲鳴が聞こえた。


 ボートに乗った避難中の人間たち。とても久々に生きている人を見た気がする。


 揺れる水面の向こうで、小さな女の子が何かを落とした。

 ぬいぐるみだった。耳が片方とれていて、くたっとしていた。

 

 流れにのったそれが、すうっと水を切って近づき、俺の胸のあたりにぽとりと触れた。濡れた布がひんやりしていて、まるで生き物のように心臓のあたりで震えた。


 俺は右手をあげて、ぬいぐるみを持ち上げた。


 ぐるんと流れが変わる。うねる水。近づくボート。


 これは……追いつくかもしれないな、と思った。


 ボートの縁に手をかけて、ぬいぐるみを差し出すと、少女がぱっと目を見開いた。


 でも次の瞬間、オールでドンと突かれた。

 木の棒が俺の腹にめり込む。

「あ〜」と声が出た。


 少女は泣きながらぬいぐるみを受け取って、俺の顔を見た。


 目が合った。


 俺はオールを腹に刺したまま、水の中に沈んでいった。


 川の中も、結構流れが早いんだな……。


 腹に刺さったオールを、そっとぐいと引く。水の流れが変わる。尾びれをもった魚になったような錯覚。少し楽しい。


 流れに身をまかせて、少しだけ潜った。


 川の底には、沈んだゾンビがいた。

 藻に埋もれて、動かず、瞼の重さを忘れたような目だけが、こちらを見ていた。


 目が合った。


 「あ〜」


 聞こえるはずのない声が、水の中で交差した。

 そんな気がした。


 潮の匂いがする。


 もうすぐ、海だ。

 俺はオールをユラユラと揺らしながら身を任せていった。

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