第56話 クラス対抗戦、一回戦
試合開始前の待機エリア。ざわめく一年A組の面々に、久我の低く太い声が響いた。
「いいか、作戦は確認済みだな。北ルートは俺が率いる。南ルートは高宮が率いる。防衛はスズメと佐倉を中心に残る」
教壇に仁王立ちし、堂々と腕を組む姿にクラスメイトたちが息を呑む。普段は豪放磊落な態度の彼だが、今は冷静で隙がない。立場が人を作るというが──まさにその通りだった。周囲の顔ぶれも、自然と背筋を伸ばしていた。
「それから──斥候だ」
教室の空気がさらに引き締まる。疑似ダンジョンの形は菱形と知らされているが、内部の通路や拠点の位置は事前に公開されない。だからこそ、前に出る斥候の役割が重要になるのだ。
「北ルートは安藤。南ルートは吉田。お前らが先に見つけた情報で勝敗が決まる。通路の形、罠の有無、敵の動き──全部を見逃すな! 一瞬の油断がクラス全員の足を引っ張るんだ。分かったな!」
怒声のような檄に、安藤と吉田が同時に「任せとけ!」「分かったわ!」と短く答える。緊張で顔を引き攣らせながらも、その目には確かな決意が宿っていた。
久我は頷き、さらに声を張った。
「拠点を奪い、守り切ること。それが勝利に直結する。……いいか、これは遊びじゃねぇ。勝ち切るぞ!」
檄と同時に「おおっ!」と声が上がった。重苦しかった空気が一変し、クラス全体が戦う集団へと変わる。
久我と千尋という二枚看板の存在が、これまでかえって空気を分裂させていたはずなのに、今は誰一人として不満に思う者、逆らう者はいない。
全員が同じ方向を向き、ひとつの集団としてまとまり始めていた。
(……皆、本気で勝ちに来てる)
千尋は思わず息をのむ。
だが──と思わないことが、ないでもない。
(久我のやる気が、ちーちゃんを手に入れるためだと思うとなぁ……。いや、アイツだって、この皆のやる気を見たらそんなことは二の次だよな、うん、その筈だっ)
一抹の疑念。
千尋がそれを抱くのは、かく言う自分がちーちゃんその人だからかもしれない。
けれど、仲間たちの目がまっすぐ前を向いているのを見て、千尋は深く息を吐いた。皆が一所懸命に勝とうとしているのに、自分だけ腑抜けたことを考えている場合ではない。
(……よっしゃ、やるかっ)
そう心に言い聞かせ、拳を固く握り直した。
◇◇◇
舞台は《疑似ダンジョン》。菱形のフィールドを東西に分け、その両端が各クラスの本拠地だ。中央へ向けてアリの巣のように通路が枝分かれし、複数の拠点が点在している。地形は岩場、森、洞窟と変化に富み、各所には討伐対象の魔物も徘徊していた。
拠点を制圧すれば一気に十点。魔物討伐と納品で稼げるのは一点単位。勝負を決めるのは、やはり拠点の奪い合いになる。
両軍がゲートの前に並び立つと、観客席の熱気が押し寄せてきた。旗や横断幕が揺れ、実況の声が響き渡る。
『次の対戦は──一年A組対二年C組!』
どよめきと拍手が広がった。観客席の中ほどでは、十和が大きく手を振っている。
「お兄ちゃーん! がんばれーっ!」
普段は兄をめためたに言っている十和の姿を思い出した刀子は苦笑し、柚月は優雅に扇子を広げて「まぁまぁ~、派手ですわねぇ~」と呟く。妹の声援は届かずとも、千尋の背に確かな力を与えていた。
東西のゲートが徐々に開いていく。緊張が一気に高まる瞬間だった。
◇◇◇
ゲートが開く轟音と同時に、全員が地を蹴った。
歓声が背中に遠ざかり、目の前に広がるのは石レンガで築かれた迷路のような通路だ。天井は低く、所々に魔石ランプが灯っている。湿気を含んだ空気が肌にまとわりつき、まさにダンジョンそのものだった。
千尋が率いる南ルート制圧班は五人。
斥候の吉田、盾役の本田、魔法を操る金田、弓を扱う和田、そして突破役の千尋。
「なあ、高宮」
「ん?」
「実はさ、俺、一回お前と話してみたかったんだよ。一年で一番強いって噂だし」
本田が口火を切ると、金田も頷く。
「俺も。いつも天城や白川と一緒にいるから、声かけづらくてさ」
「わ、私も……」
「私だってそうよ?」
遠慮がちに続く和田。先頭の吉田も振り返って笑みを浮かべた。
思いがけず全員から同じ言葉を向けられ、千尋は苦笑する。
(……そんなに壁作ってたつもりはないんだけどな)
そのとき、鋭い声が響いた。
「前方に魔物!」
吉田
足を止めた瞬間、全員の耳に聞こえたのは──ガリガリと石床を掻く爪音。暗がりから、よだれを垂らした狼型の魔物が四体、ぬらりと姿を現した。毛並みはまだらに抜け落ち、赤い目は飢えに濁っている。
「う、ウルフドッグ……!?」
「ど、どうする!?」
動揺が走る。武器を持つ手が震え、誰も最初の一歩を踏み出せない。
彼らはまだ冒険者の卵だ。授業でダンジョンに潜り、魔物を狩った経験はあれど、それは紅林という元Aランク冒険者の庇護下での話だ。
生徒たちだけ、という現況に尻込みするのも無理はない。
「落ち着け! 俺が前に出る。崩したら全員で叩け!」
千尋の一声に全員の呼吸が揃う。
次の瞬間、千尋は影のように駆け出していた。
剣閃が走り、最初の一体の前脚を斬り払う。耳障りな悲鳴とともに体勢が崩れた。
それに気付いた他の三頭が千尋に殺気を向けた。そのときだ。
「今だっ!」
千尋の声を合図に、仲間が一斉に飛び込む。
本田が盾で体当たりし、金田が火花を散らす魔法を叩き込み、和田の矢が狼の喉を貫いた。
あっという間の出来事である。
血の匂いが立ち込め、通路に静寂が戻った。
「……やった、勝ったぞ」
「おぉ、授業の時よりアッサリ倒せた!」
歓声と安堵の息が漏れる。千尋は剣を払って息をつき、(順調だな)と小さく呟いた。
しばらく進むと、通路が二手に分かれていた。
「どうだったヨッシー?」
「右は狭いけど、すぐに広い空間に出るわ。……拠点かもしれない」
「拠点、かな?」
「多分……そうだろ」
初めての対抗戦。確信は持てずとも、全員の表情には期待が滲む。
「よし。南ルートの制圧班と防衛班、全員で行くぞ」
千尋の声に、十人の仲間が頷いた。
奥に進むと、そこはまさしく小規模な砦だった。逆茂木が並び、陣幕が張られ、その向こうには小鬼のような人型魔物──ゴブリンたちがうろついている。十数体はいるだろう。
「……どうする?」
全員の視線が千尋へと集まった。
試合時間は1時間。既に十分が経過しており素早い判断を求められる。
「さっきと同じ。俺が突っ込むから、崩れたところを残りの皆で叩いてくれ」
背後から飛ぶ「了解!」の声。
千尋は迷わず走り出した。剣が閃き、最前列のゴブリンを薙ぎ倒す。
「GiGi!」
「GuGya!」
呆けていたゴブリンたちが襲撃者の存在に騒ぎ始める。
元から、あって無かったような戦列が乱れに乱れた。
「今だっ!」
千尋の声と同時に、仲間たちが一斉に雪崩れ込む。
後衛組が矢と魔法を次々と放ち、着弾を逃れたゴブリンに前衛が追撃を掛ける。
混乱したゴブリンたちは次々と倒され、わずか数分で拠点は制圧された。
「やった!」
「満点の出来じゃね!?」
「ほんと! すごく上手くいったわ!」
歓声が響く。順調そのものの滑り出しだった。
拠点を制圧した直後、アリーナ中央に浮かぶスコアボードが切り替わった。
『一年A組──11点。二年C組──3点』
「よしっ、一番乗りだ!」
「ほんとに取った!」
観客席からも歓声が上がる。十和も身を乗り出し、兄の名を叫んでいた。
その後も数字は動いていく。
22対6。さらに23対17。北ルートを率いる久我の班も順調に拠点を押し広げていることが分かった。
「よし、拠点は防衛班に任せた! 俺たちは先に進むぞ!」
……しばらく拠点で待機していたが相手チームが現れる気配はない。
千尋は防衛班に拠点を任せ、制圧班だけでさらに奥へと足を進めた。
頭数が減ったことでより慎重に。進軍速度よりも安全性を重視する。
罠を抜け、魔物を退けて──それでも、千尋たちは速いのか、次の拠点にもまだ
スコアは36対31。依然としてリードを保つ。
そして──。
『試合終了! 一年A組、52点! 二年C組、48点!』
アナウンスと同時にスコアが確定する。
「やったぁぁぁ!」
「勝ったぞ!」
最終的に制圧した拠点は一年A組が4つ、相手は2つ。
相手は終盤まで反撃を狙っていたが、千尋たちの拠点を奪うことは叶わず、そのまま敗退となった。
勝利の歓声が響く中、千尋は一歩下がってスコアを見上げた。
退場者を一人も出さず、終始ポイントはリードしていた。だのに、胸の奥に小さなざわめきが残る。
どうしてだろう──数字の並びを見ただけで、なにか引っかかる。
(……うまくいったのに。なのに、なんでだろう)
言葉にできない違和感を抱えながらも、千尋は仲間たちと拳を突き上げた。
「よっしゃ──勝ったぞ!」
クラス全員がひとつになり、勝利を祝う声がアリーナに響き渡った。
◇◇◇
【学園ネット掲示板】クラス対抗戦【一年vs二年】
23:名無しの三年
ついに始まったな、対抗戦!
27:名無しの一年
≫23
組合せ見た? 一年A組と当たる二年生はご愁傷様です(-人-〃)
30:名無しの二年
≫27
スカウト組が五人だっけ?
今年こそは勝ちたかったんだけどな……
35:名無しの三年
外から観客めっちゃ来てるし、委員会ピリピリしてたぞ
38:名無しの二年
≫35
毎年トラブル起きるからな。外と学園じゃルール違いすぎるんだよ
47:名無しの一年
てか刀子様いたんだけど!?
52:名無しの二年
≫47
一緒にいた二人もすげーキレイだったな
お嬢様っぽい人と、背の低い可愛い子
55:名無しの一年
≫52
あれちーちゃんじゃね
61:名無しの二年
≫55
でもなんか雰囲気違った気もするけど?
◇◇◇
201:名無しの一年
一年A組勝ったぞ!
205:名無しの二年
≫201
マジか、いきなり二年食ったのかよ
217:名無しの二年
でもスコア見たら拠点ばっかだぞ
229:名無しの三年
≫217
あー確かに
魔物討伐の重要性を軽視してる
こりゃ二回戦は厳しいかもな。
236:名無しの一年
≫229
いやでも勝ちは勝ちだろ!
239:名無しの三年
まぁな。でも次は分からんぞ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます