第55話 クラス対抗戦、作戦会議
クラス対抗戦まで、残り一か月。
学園はすでに、その一大行事に向けて動き始めていた。
千尋に向けられていた強烈な部活勧誘も、この頃にはようやく収束を見せていた。
理由は単純だ。クラス対抗戦の準備が始まれば、部活どころではなくなる。
対抗戦は成績に直結する大イベント。ここで結果を残せなければ進級や将来に響くとまで言われている。そんな時期に「部活優先」などと振る舞えば、同じクラスの仲間から冷たい目を向けられるのは必至だった。
千尋のクラスも例外ではない。代表に収まった久我の指示の元、クラス対抗戦に向けてチーム決めを行っている。
とはいえ──千尋のクラスの空気は、どこかまとまりを欠いていた。
原因は明白だった。
千尋と久我。表立って殴り合ったわけでも、決定的な対立をしたわけでもない。だが一年の「二強」として並び立つ二人が同じ教室にいれば、それだけで微妙な緊張が漂う。
千尋は素直に従うつもりだ。代表者として久我が指示を出すなら、そのとおりに動くつもりでいた。
なのに──何故か久我の方が気に入らないらしい。
力で押さえつける久我のやり方に、首をかしげるクラスメイトも少なくない。陰では「結局あいつ一人で勝つ気なんじゃないか」と囁かれていた。まとまらなければ勝ち筋は薄い。それを知りながらも、誰も表立っては言い出せない。
そんな教え子の様子を、廊下の窓から見下ろす二人の教師がいた。
「茜音はどこまでいけると思う?」
問いかけたのは神崎陽太だった。生徒たちに交じって話すことの多い、温和な青年教師だ。
紅林茜音は腕を組み、赤いポニーテールを揺らして視線を教室に戻した。
「……知らない」
「おいおい。仮にも担任だろう」
「仮じゃないし……。そもそも私たちは、この学校の卒業生じゃない。去年赴任して、対抗戦を一度見ただけだ。断じるほどの経験はないでしょ」
淡々と告げる声は冷静そのものだ。陽太は「まぁ確かに」と苦笑を洩らす。
だが紅林は、そこで言葉を切らなかった。
「ただ……」
小さく吐息をつき、黒板に向かう千尋へ視線を送る。
「個人で戦局をひっくり返す者がいるかもしれない。そういう危うさを、あの生徒は持っている」
「……高宮か」
陽太の目が細められる。
「だがそれは、教育者としては好ましくない結果よ。集団で、力を合わせて、戦って勝ち切るからこそ、学ぶ意味があると思う」
教室に響くざわめきの向こう、千尋はそれに気付くはずもなく、くわと大きな欠伸をしていた。
◇◇◇
対抗戦はポイント制の陣取り合戦、という考えが一番近いだろう。
いかに素早く拠点を制圧し、守り切るかだ。他にも、疑似ダンジョンを徘徊する魔物を倒し、素材を納品することでポイントを得ることも出来るが、規定数を納めてようやく1ポイントになる。対して拠点は制圧した時点で10ポイント、素材納品の10倍にもなるのだから、比重が拠点制圧に偏るのも仕方ないだろう。
そこで対抗戦は主に四つの役割が求められる。
拠点制圧班と、防衛班。そして魔物討伐班と輸送班。
中には魔物討伐と素材の運搬をセットに運用するクラスもあれば、拠点制圧の攻撃力高めのチームに道中の魔物討伐を任せるクラスもある。そこはクラスの特色が色濃く出る部分だろう。
千尋たちのクラスは──。
「拠点制圧は二ルートで同時攻略する」
教壇に仁王立ちした久我の声が、教室に響く。
ざわめきが広がった。二正面作戦はそれだけ負担も大きい。だが久我は迷いなく続ける。
「片方は俺が率いる。もう片方は……高宮だ」
「えっ」
名指しされた千尋は思わず声を上げた。
まさか自分がそんな風に評価されるとは思っていなかった。
戸惑う千尋の横で、スズメが立ち上がる。
「だったら! ボクも制圧班でやれるよ!」
しかし久我は即座に切り捨てた。
「お前まで前線に出たら、いったい誰が折角取った拠点を守るんだ? あぁ?」
ばっさり却下され、スズメは唇を尖らせる。
「防衛は二班に分ける。ひとつは天城を中心に。もうひとつは神崎を中心にした班だ」
呼ばれた沙羅はビクリと肩を震わせた。
顔色は真っ青。唇を噛み、膝の上の手を強く握り締めている。
「……っ」
声は出ない。
普段は気が立った猫のような沙羅の、尋常ならざる様子にクラスメイトたちも心配げである。
心配の中、彼らの表情は雄弁に語っていた。──アレで戦えるのか、と。
その様子を一瞥して、久我は鼻で笑った。
「チッ……使えねぇな。……おい、スライム。お前がもうひとつの防衛班をまとめろ」
「えっ、僕が?」
スライムとはスカウト組の最後の一人、佐倉悠斗の愛称(蔑称?)だ。
急なご指名に彼は目を真ん丸にして驚いている。
「無理だよムリムリ。僕が戦えないの、久我だって知ってるじゃないかー」
「仮にもスカウト組だろうが。出来る出来ないじゃねぇ。やるんだよ」
「えー……」
まるで納得した様子は無いが、防衛二班は佐倉がまとめ役になった。
(……にしても)
千尋はふと首を傾げる。
「こんな時期にクラス対抗戦って、早すぎないか?」
入学してまだ一か月。クラスメイトの性格も実力も掴みきれていない。そんな状態で大規模な対抗戦をやる意味があるのだろうか。
疑問を口にした千尋に、いつの間にか隣の席を確保した雫(授業と違い席順は生徒たちの自由だった)が静かに答えた。
「だからこそ、よ」
「え?」
「実力も人柄も分からない相手と組むから、互いに頼らざるを得ない。結束を強めるには、早い時期にやるのが一番なの」
簡潔な説明に、千尋は「なるほどな」と小さく頷いた。
「残りは魔物討伐と輸送だ。輸送は討伐とセットで運用する。敵に狙われやすいからな」
思った以上に堅実な編成だった。力任せに見えて、戦力の配分も考えられている。
千尋は内心で舌を巻く。
(……こいつ、マジじゃないか)
そして気付く。
久我がここまで本気を出している理由は──。
(……いやいやいや。これ全部、俺のためとかじゃない、よな……?)
ぞわり、と背中に鳥肌が立つ。
初の大きな学校行事。そのイベントへの期待にざわめく教室の中、千尋だけは妙な悪寒を覚えていた。
◇◇◇
十和、刀子、柚月の三人は、この
週末二日間をかけて行われる《クラス対抗戦》──年に一度の大行事を観戦するためだ。
学園の門をくぐった瞬間、十和は目を丸くした。
「わぁっ……! すごい、ほんとにお祭りだ!」
普段は学生と教員だけが行き交う敷地に、この日ばかりは一般の観客が押し寄せている。石畳のメインストリートには屋台が並び、串焼きや綿あめ、ジュースを売る声が飛び交う。客引きに混ざって、武具や簡易魔道具を並べる露店もあるのが“冒険者学校らしさ”だった。
頭上には旗がはためき、各クラスの応援団が横断幕を掲げて練り歩く。通りの片隅では小さな魔法実演ショーが開かれ、子供たちの歓声が上がった。祭りの熱気と、戦いを前にした張り詰めた空気とが、入り交じっている。
「わ、あれも見たい! こっちは何だろ!」
きらきらした目で走り出しそうになる十和の腕を、刀子がすかさず掴む。
「ちょっと、迷子になるでしょ。落ち着きなさい」
「えへへ、お姉ちゃんみたい」
笑って抱きつく十和に、刀子は「お姉ちゃんて……」とむず痒そうに目を逸らした。
その様子を見ていた柚月が、ふふっと口元を押さえて笑う。
「まぁまぁ~、刀子様ったら。すっかり“お義姉さん”が板についてますわね~」
「お義姉──!?」
顔を真っ赤にして振り返る刀子。
十和は「ほんとだね!」と無邪気に頷き、さらに追い打ちをかける。
「もうやめてよ……!」
刀子の慌てぶりに、柚月と十和は楽しそうに笑い合った。
そんな賑やかなやり取りを交わしながら、三人は会場へ向かう。
通りを進むにつれ、屋台の数はさらに増え、焼き鳥や揚げパンの匂いが風に乗って漂ってくる。小型ドローンが飛び交い、観客に向けて実況や選手紹介を映し出していた。
「すごい……。まるで学園都市そのものだね」
「えぇ~、だからここは“学園”じゃなくて、“小さな都市国家”って呼ばれるのですわ~」
柚月が涼しげに解説する傍らで、十和は早速パンフレットを広げる。
「ふむふむ……拠点の確保、魔物討伐と素材の納品……うーん、よく分かんない!」
一番の目玉であるクラス対抗戦のページを見ていた十和が、うがーと唸る。
それを横から見ていた刀子は関心した様子で頷いた。
「なるほど、よく出来ている。これなら新入生でもダンジョンの全体像が掴めるな」
刀子の言葉に柚月が首をかしげた。
「どういうことですか~?」
「簡単よ。対抗戦は見世物であると同時に“教育”だから。拠点を奪う、守る、討伐や輸送をこなす──全部、実際の冒険で必要になる動き。ルールに組み込んで、自然と身につけさせてるの」
「ほぇぇ……なるほど!」
「さすが刀子様ですわ~」
二人の声に刀子は「大げさよ」と照れ笑いを返す。
やがて三人は、複数ある会場のひとつ──千尋たち一年A組が試合を行うフィールドに辿り着いた。
観客席はすでに人で埋め尽くされ、立ち見の観客まで溢れている。人波をかき分け、どうにか三人並んで座れる席を確保した。
「やっと座れたー!」
十和は買ってきた串焼きに元気よくかぶりつき、柚月はジュースへ上品に口を付けて朗らかに笑う。刀子はポップコーンを抱えて、視線をフィールドに注いだ。
下のアリーナでは、既にいくつかの試合が進行していた。
拠点を巡る乱戦、魔物を討伐しての納品合戦、奇襲とカウンター。どのクラスも練り込まれた戦術を披露し、観客の歓声は途切れることがない。
「すごい……ほんとに冒険者みたい」
十和が目を輝かせる。
そして──アナウンスが流れた。
『続いての試合は──一年A組対二年C組!』
十和は身を乗り出し、観客席から必死にフィールドを見回した。
広い会場に同じ制服の一年生がずらりと並んでいて、どこに兄がいるのかすぐには分からない。
「あれじゃないかしら」
柚月がそっと指を差す。
その先に、仲間と肩を並べる黒髪の少年がいた。
「あっ……ほんとだ!」
十和の顔がぱぁっと輝く。
「お兄ちゃん~、負けるな~っ!」
はたして妹の精いっぱいの声援は届いたのだろうか?
一か月ぶりに見る兄の背中は、ほんの少しだけ、大きく見えた。
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