ネットで噂の美少女冒険者。あ、それ女装した俺です

辛士博

プロローグ

 洞窟の空気は冷たく湿っていた。石壁に取り付けられた光源魔法が、ぼんやりと薄明かりを灯している。


「皆さんこんにちは、桜井刀子です」


 毅然とした声が、静かな空間に響く。

 その姿を捉えるのは、一機の小型ドローンカメラ。画面越しに映し出された少女の姿に、視聴者たちは息をのむ。


 桜井刀子――高校三年生にして、超人気のダンジョン配信者。

 ウェーブがかった淡い茶髪を揺らし、落ち着いたベージュのロングカーディガンに身を包んでいる。中には白のハイネックブラウスを着込み、黒のプリーツロングスカートが揺れていた。高校生らしい大人びた私服の上からは、銀と紺を基調とした軽装の胸当てと肩当てが装着されており、桜の花弁を模した装飾がその優美さを引き立てている。

 腰には符術用のポーチと日本刀の鞘を携え、背中にはスクロールホルダー。見た目の美しさと、戦う者としての凛とした気配――その両方を併せ持つ姿だった。


 画面のコメント欄が、まばゆい光のように怒涛の勢いで流れていく。


:出た!! 本物!!

刃桜はざくら様ーー!!

:姫ー!

:きゃー! 刀子様ー!!


「本日はB級ダンジョン『白影はくえいほら』。前人未到の深層まで、わたしが案内してあげるわ」


 片手には白鞘の日本刀。もう一方には、魔力を込めた呪符の束。堂々たる立ち姿で、配信と探索を両立する。


 粗末な剣や槍を携えたスケルトン、腐肉をぶら下げ悪臭を放つゾンビ、生者への妬みを叫ぶゴーストなどの低級アンデッドを華麗に捌きながら、順調に進む刀子。その姿はまさに「完璧」だった。


:ふつくしい……

:ソロでこのレベルってどんだけ熟練してんの

:刃桜の剣筋ほんと好き

:この人、本当に強いし綺麗だし、なにより男の影がない部分が最高


 立派な鎧兜を付けたスケルトンが現れる。アンデッドモンスターに生前という概念があるかは不明だが、もし生きていたら立派な武者だったろうことが伺えるアンデッドだ。

 刀子は迷いなく三度刀を振るう。光の残像が軌跡を描きながら敵を舞うように斬り伏せた。


:出た、刃桜の舞!

:この技で“刃桜”って二つ名がついたんだよな……

:斬り方が桜吹雪に見えるのマジですごい


 だが、突如として空気が変わる。


「……っ! 魔力反応、急激上昇……っ!? これは……!」


刀子が踏み入れた空間が、紫の魔方陣に染まる。


「《封印陣》……!?まずい、これは――」


 地響きのような音と共に、天井、壁、地面のいたるところから無数のスケルトンが這い出す。数は、数十――いや、百を超えていた。


「モンスターハウス……っ!」


:うわやばいやばい

:囲まれてる!?

:数多すぎる!!

:刃桜様逃げて!!


「みんな落ち着いて! このぐらいなら──ハァっ!!」


 刀子の声は冷静だった。呪符を構え、詠唱を放つ。


「《雷爆符・三重》!」


 放たれた三枚の符がスケルトンの群れに炸裂し、数十体ものスケルトンが瞬時に崩れ落ちる。


 さらに日本刀を抜き、一閃。細い腕からは想像もつかない重厚な一撃で、次々敵を断ち切っていく。


 だが、減らない。最初に現れた百以上のスケルトンを屠ったものの、殲滅速度を上回る速さでスケルトンが出現する。符の枚数も限りがある。次第に刀子の呼吸が乱れ、額に汗がにじみ出す。

 そして追い討ちをかけるように、後方に新たな瘴気。


「リッチ……!」


 スケルトンたちを操る、上位アンデッド。紫水晶の杖を構え、低く唸るように魔力を溜めている。


:/(^o^)\

:リッチをソロ討伐とか無理ゲー

:お願い誰か来て!!

:神様仏様冒険者様! 誰でもいいから

:ぎゃああああ! 推しの死ぬとこなんて見たくないいいい!


 コメント欄も絶望が支配し始める。

 一方で刀子は諦めない。死が目の前に現れたくらいで諦めるぐらいヤワな精神ではトップランカーはやってられないのだ。

 

 そんな時だ。視界が、揺れた。空間の一部が黒くねじれ、地面に影が走る。


「……《影縫い》」


 静かな声が響く。と同時に、十体以上ものスケルトンがピタリと動きを止める。スケルトンの足元の影から黒い糸が飛び出し骸骨の脚を縫い付けた。


「な、何が──!?」


 闇の中から、一人の人物が現れる。フード付きのパーカーを深く被り、顔は見えない。両手に握られた二本の曲刀は、三日月のように優美な曲線を描いていた。影の中で鈍い銀光を放つ刃はさながら月の如く。


:へ?

:???

:だれ!?

:助っ人!?

:新キャラ!?

:二刀流かっけえ!


「……影渡り


 影から影へ、滑るように姿を消し、次の瞬間には別の場所に現れる。遅れて幾体ものスケルトンがバラバラに斬り裂かれてゆく。


「Uuuu!」


 刀子と対峙していたリッチだったが、新たに表れた人物に脅威を覚えて杖をそちらへと向けた。先端の紫水晶に魔力が集い妖しい光を放つが──遅い。


「Ua……?」


 標的は既にそこに無く、疑問に思う間もなくリッチの首が飛んだ。

 リッチの背後に、シミターを振り抜いた人物の姿があった。


:なにこの強さ……

:わけわかめ

:速すぎて見えないんだけど

:リッチを瞬殺って強過ぎ

:この子アレじゃない? 影から現れるって

:ダンジョンの幽霊? 噂の??


 リッチが討伐されたおかげで残っていたスケルトンたちが黒い粒子となり消え去る。

 ──もう用は無い。

 そう言わんばかりに去ろうとする人物に刀子は慌てて声を掛ける。


「ま、待って頂戴っ」


 反射的に振り返った拍子に、フードが外れる。

 刀子とカメラの視界に飛び込んだのは――


 月のように白い髪。

 瞳は深紅。

 冷たく、静謐な美しさ。

 それはまさに、夜に舞い降りた幻影のようだった。


:うおおおぉぉぉ! 美少女だあぁぁぁぁ!!

:きれー

:影の君……

:幽霊の正体見たりって感じだな


「……っ」


 その反応に気づいたのか、少女は自分の姿が映っていることに気づき、慌てて顔を隠す。

 現れた時と同様に、逃げるように影へと消えた。


「あなたは……っ! 助けてくれて、本当にありがとう……!」


 届くかは分からない影へと刀子は感謝を叫んだ。

 そうして誰もいなくなったその場で刀子はしばらく固まり、震えるように呟いた。


「綺麗だったなぁ……」


:刀子様の乙女顔初めて見た

:惚れた?

:幽霊×葉桜

:美少女てぇてぇ


「っ!? な、なんだか予想外な展開になっちゃったけど今日の配信はここまでね! 皆またねっ」 


 顔を真っ赤に染めながら、刀子は慌てて配信停止ボタンを押した。


 それは、すべての始まりだった。

 “影の少女”がネットを駆け抜ける前夜。

 そして、有名ダンジョン配信者にしてB級冒険者、桜井刀子が恋を知るほんの少し前のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る