第43話 成功

 裏路地でしばらくの間ステラを抱きしめ続ける。

 数分もする頃には収まってようやくまともに話ができるところまでになった。


「もう......落ち、着いた......?」


 恐る恐る腕の中を見ると泣いているステラがいた。

 ひっくひっくと体を細かく震えさせ、自らを縮こませるように泣いていた。


「お母さんなんで......なんで褒めてくれないの?ステラお母さんの敵を捕まえたんだよ?」


「ステラ、私が怒ってるのはそこじゃないんだよ。捕まえてくれたこと自体は嬉しいんだから」


 どうやら辛い中でも私の言葉をしっかりと聞いてくれているようで、腕に感じる振動が少し収まる気配を感じた。

 もう離しても大丈夫だろう。ゆっくりと腕を開放すると、びくっと震えながらステラが私の方を見た。


「さ、ソフィーのところに行こっか。話の続きは、三人でね」


「うん......」


 二人で手を繋いで歩く。ソフィーのところに行くまで三分とてかからない、だから会話はなかった。

 合流した後、家に帰ることを提案する。

 そのを聞いたステラはこの世の終わりのような顔をしていたが、今日できなかった分またこうしていく回数が増えるんだからと説得すると納得してくれた。

 何か違和感があるなと思ったがこの後「予定がキャンセルされたことじゃなくてそういう状況に至らせてしまったことが申し訳ない」という意図の言葉を聞かされて私の認識がずれていたことに気づくことができた。

 寮にたどり着くと、私たちは部屋に入り鍵を閉める。これで誰も入ってこれないから、ゆっくりと話ができる。


「ステラちゃんは、私たちがなんで止めたかわかる?」


「えっと、毒で人を殺そうとしたから……?」


 わかっていたんだ、自分がおかしいかもしれないって。

 思ったよりも自体は良いのかもしれない、常識を変えるより認識させるほうが明らかに簡単だ。


「そうだよ、ステラが善意であんなことをしようとしたのはわかってるの。でもね、人を殺しても良いのは、よっぽどの時だけなんだよ」


「……」


 私の言葉を一つ一つ拾い上げるように聞いてくれている。

 良い傾向だ。


「私の夢の話をしても良い?」


「うん」


「ソフィーも聞いて欲しいの。これは、錬金術師としてじゃなくてノイフォンミュラー個人の願い、祈りでもあるから」


「しっかり聞いてるわよ」


 吸って吐いて、息を整える。

 これから話す夢は嘘だ。私の夢はソフィーと一緒に生きることと過去の私から変わること。

 完璧に演じ切らなきゃ、気づかれたらこの先ステラが私たちに心を開くことは絶対になくなる。


「私の夢はね、全ての人を救うことなんだ。貧困、格差、この世の全ての理不尽から助けてあげたいの。もちろん、助ける必要がないような人だって救いたい」

「きっとこれは傲慢なんだろうね、でも本気で言ってる。ステラは私が何を言いたいかわかるかな?」


 考えて、考えて思いついたのかポツリと呟く。


「お母さんの夢を叶えるならあの人も殺しちゃダメだから?」


「そう、正解。たとえ盗人だろうと救いたい。だからステラのしようとしたことは私の夢の妨げになっちゃうの。だから、止めたんだよ。ただのわがまま、それだけ」


「お母さんの夢……」


 ステラは下を向いて必死に考えている。

 きっとスケールの大きな話に良くも悪くも困惑しているんだろう。


「そしてね、私が助けてあげたい人の中にステラもいるんだよ。ステラが人を殺したりなんてしなくて良い世界、私は作りたいんだ」


「私のため……」


「だから約束。人は殺しちゃダメ、毒もなるべくは使わない。良い?」


「でも、それがダメだったら、私どうしたら褒めてもらえるの?」


 うるうると泣きそうになっている。

 今が最大のチャンスだろう。ステラを閉じ込めていた施設と同じようなことをこれからすることに良心がちくりと刺される。

 だがこれはきっと良いことのはずだから、私はそんな奴らとは違う。良い人になるんだ。

 私はステラをぎゅうっと強く抱きしめて、鎖を打ち込む。


「ステラがどんなに辛くて、苦しくても私が慰めてあげる。それにステラはとっても偉い子だから、これから私たちがたくさん褒めてあげるんだよ。だからね、安心して良いんだよ」


 頭を撫でると甘えるように私の方に体を預けてくる。説得は成功したみたいだ。

 きっとこれからは私を軸に生きていくんだろう。つまりはこれからのステラの人生は私が背負うことになるということで、ひどく大変なことかもしれない。

 だがここに来て変わるって決めたんだ、人一人くらい抱えてみせる。


「お母さん……」


 私が背負うという形で、ステラの問題は解決することとなった。

 疲れたステラをベッドに運び終わると、傍観していたソフィーが話しかけてくる。


「ノルン、夢の話だけど、嘘でしょう?」


「やっぱりバレた?」


 ステラはうまく騙せていたらしいがソフィーには通じなかったみたいだ。


「わかりやすかったかな」


「私以外はわからないわよ。まぁ別に嘘はいいの。ただ、一度そう決めたのなら最後まで貫く覚悟が、人の人生を背負う重みに耐えられるのかだけが不安だから」


「正直不安はあるかな、でも私の手の届く範囲なら助けてあげたいんだ。ソフィーがやってくれたみたいに」


「そう、じゃあ一つだけ間違いを訂正してあげる。ノルンは一人じゃないわ、私がいるんだから」

「だから困ったらなら素直に私を頼りなさい。絶対に助けてあげる、たとえどんな状況であっても、ね。わかった?」


 本当は私一人でやらなきゃいけないことなのに、助けると、決して見捨てないと言ってくれた。これだ、これが私の憧れたソフィーなんだ。私のたった一つの理想、憧れ。

 ステラを通じて、一歩でもソフィーに近づきたい。


「うん……ありがとう、いつも、頼りにしてる」


 今はまだ遠い未来だけど、少しずつ歩んでいこう。いつかは辿り着けるはずだから。

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