第10話:壊れた視界が、痛みをほどいた

焚き火の音が、草木のざわめきが止んだ森に、かすかに爪を立てていた。


ミアは薬草を棚にしまいに行くと言って、軽い足取りで奥の間へと消えていった。

その背中を見送ったあと、なぜか胸の奥に、妙なざわめきが残った。


理由はわからない。ただ、落ち着かない。

風もないのに、視界のノイズがざわりと揺れた。

粒子が淡く脈打つように動き、俺の神経に何かを訴えてくる。


(……なんだ、この感覚)


それはまるで、“行け”と告げられているようだった。

行くべき場所があると──このノイズが、俺に警告しているような。


俺は立ち上がった。

躊躇いはあったが、足は自然と、家の奥の部屋へと向かっていた。

まるでノイズに導かれるように。


ドアをそっと開ける。

そこには、静かに寝台に横たわる老婆の姿があった。


枯れ枝のように痩せた腕。白髪の隙間から覗く額には、古傷のような黒い線が走っていた。

その呼吸は浅く、時おり咳のような震えが全身に波打つ。


(この人が……ミアの言っていた、おばあさんか)


だが、俺は次の瞬間、視界の奥で──明確な異変を感じ取った。


ノイズが、騒いでいる。

それまでただの粒子として漂っていたものが、形を持ち始めていた。


ふわり、と。

ノイズが空中に舞い上がり、淡く光る霧となって、老婆の身体を包み込んでいく。


(……俺が動かしたわけじゃない。だけど、ノイズは──俺の代わりに判断したようだった)


粒子の一部が、老婆の胸元から静かに入り込んでいく。

まるで、探るように。見えない糸が絡まり、奥深くへと潜っていくように。


その瞬間、俺の視界が歪んだ。


脳の奥で、何か“異物”のような感覚が弾けた。

それは人の体のものではなかった。ノイズが読み取った何か──


(……これか)


ノイズは見つけたのだ。

この人の体内に、今も残り続けていた“魔物の痕跡”を。

かつて傷を与えた魔物の力が、まるで毒のように体に残り続け、病となっていた。


ノイズが一瞬、黒く染まり、鋭く収束したかと思うと──

刃のような粒子が、異物を穿ち、切り離し、ゆっくりと消し去っていった。


老婆の眉間が静かに緩み、呼吸が少しだけ深くなった気がした。


まるで、それだけで苦しみが和らいだかのように。

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