第9話:ただ、そこにある暮らし

「……ここが、わたしの家」


ミアはぽつりと呟くように言い、古びた木の扉に手をかけた。

軋む音を立てて、そっと開け放つ。その仕草には、どこか遠慮が滲んでいた。


一歩、敷居をまたいでから、彼女はふと振り返った。

その瞳に浮かぶのは、わずかな緊張と、どこか胸の奥を探るような迷い。


「おばあちゃん、いま寝てるの。最近は、特に……あまりよくなくて」


言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける声が、少しだけかすれる。


「さっきも言ったけど……だから、森に薬草を採りに行ってたの」


最後の言葉は、風にさらわれそうなほど小さくなっていた。

まるで、自分の行動を確かめるように。あるいは、ほんの少しだけ、誰かに赦してほしいかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る