棚から大金

 生徒会室を出て、少し早い昼食を摂る。今日は焼きうどんにした。うちは焼きうどんにはウインナーだったが、ここは豚バラを使っているようだ。これはこれで美味いしなんだか高級感がある気がする。さっと食って部屋に戻れば、早速スマホで残高を確認する。

 

「10万pt……って言ってもな」


 10万という数字が一体どのくらいの価値なのか。とりあえず通販アプリを開いて、食料品のタブを選ぶ。ポテチは5pt。某有名カップアイスは15pt。思ったより安いな。

 あまりピンと来なくて、今度は家電のカテゴリーに指を伸ばす。ええと、最新のゲーム機が2500pt。たしかこれは定価で5万円くらいだったはずだから、円とポイントの差額はおおよそ20分の1くらいと考えていい。ということは……俺は一旦スマホを置いた。


「に、にひゃくまん……」


 我ながら情けない声が出てしまった。

 毎月200万円貰えるってことか?そうだよな?貯蓄不可という縛りが痛くも痒くもない。外で暮らしていた時よりよっぽどいい暮らしが……と、ほんの一瞬浮かれたことを考えてから、はっとする。

 俺は、弱い。これは卑下とかではなく、事実として。能力はないし、運動不足も極まっている。成人男性の中でも多分弱い部類だと思う。


 そんな俺が、大金を持っているということが他人にばれたらどうなると思う?間違いなく、カモにされる。俺には分かる。『出る杭は打たれる』のだ。絶対にばれないように生活しよう。宝くじが当たった人ってこんな気持ちなのかな。


 とはいえ貧乏性というのは辛いもので、リセットされるならある程度使わないと勿体ない気もする。高いものじゃなくていい。家にいた時にはカップラーメンやスナック菓子をよく食べていたが、好きだから食べていたというより、食事に時間や手間を割くのが面倒だっただけだし。ゲームはよくやっていたし好きだけど、ここまで徹底して外と遮断されているわけだからオンラインゲームは無理だろう。俺の欲しいものって、一体何なんだろう――


 

 ◇

 

 

 ああでもない、こうでもないと考えていたが結局欲しいものがまったく思いつかないまま時間だけが過ぎていく。自分がこんなにも優柔不断で物欲がないなんて知らなかった。結局10万ptは手つかずのまま。ごろごろとただ時間を浪費していると、朝にも聞いた独特なテンポのノック音が響いた。

 

「ヒロカくーん、ごはん行こ♡」

 

 俺の名前を呼ぶ声がするが、出来ることなら無視したい。今日はもう十分喋った。っていうかもう飯かよ。昼飯食ってから本当に何も成さないうちに半日が終えてしまった。なんだこの喪失感。今までの長い間、ずっとこういう生活だったのに。


「いないのー?」


 そうだ、俺は今部屋にいない。だからさっさと帰ってくれ。大して腹も減っていないし、なにより、神代と喋りたくない。アレの考え方が気持ち悪いっていうのもあるが、あいつと喋っていると時々何もかも見透かされているような感じがして嫌なんだよな。目、開いてないくせに。


「もう、しょうがないなあ」


 扉の向こうから聞こえた声にほっとして息を吐いたその瞬間。がちゃり、と。聞こえるはずのない音とともに、紫頭が現れる。ぞわ、と毛穴が立ち上がるのを感じた。


「なあんだ、やっぱりいた♡」


 ベッドに転がる俺を見て、悪びれる様子もなく笑う男。ドン引きとかそういうレベルじゃない。ただの変態だと思っていたが本当は変態犯罪者だったらしい。


「いやいやいやいや!なんで入ってきてんだよ!」


「なんでって、返事くれなかったから……ってかヒロカくんそんな大きい声出せるんだぁ♡」


 なんでって言ったのは別に理由を聞きたいわけじゃない。……あとその保護者みたいな生温い視線を向けるのやめろ!


「だからって、なんッ……鍵!閉まってただろ!」


「鍵?開いてたよ?」


 明らかに鍵の回る音してただろうが!この毒紫野郎、白々しいにも程がある。


「嘘を吐くな、嘘を!!」


 たぶん、ここ数年で――下手したらもっとかもしれないが、とにかく、自分でも驚くくらい大きい声が出たようだ。自分の喉が熱を持っていることに、遅れて気づく。神代は流石に驚いたらしく、切れ長な目を僅かに見開く。ちらと覗いた瞳と視線がかち合った。紅色をしたそれは、すぐに細くなって見えなくなる。


「ちょ、ヒロカくん……一旦落ち着いて?ほら、廊下まで声響いてるから」


 一体誰のせいでこんな大声をあげることになったと思っているのか。なんで俺がなだめられる側になっているんだ。理不尽を感じながらも口を閉じてしまうのが俺のいい所であり悪い所でもあるだろう。


「とりあえずごはん行こうよ、ね♡」


「しつこいな……なんで俺にこだわるんだよ」


 問いかけてから、少し前にも似たような質問をしたのを思い出した。なぜ自分に構うのか。その問に対し、こいつはカルボナーラを食べながら、嬉しそうに瀬戸の名前を口にしていた。


「んー」


 男は顎に手を当てて、わかりやすく悩む素振りをする。ポーズだけだ。本当に悩んでなど、いないくせに。


「ヒロカくんのこと、好きだから♡」


 甘いだけの言葉と声は、毒でしかない。

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籠の中の神童は 飴星まお @mao-ame

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