第7話 精霊さんが用意してくれた動くカカシ

 「ファイアーボールッファイアーボールッファイアーボールッファイアーボールッファイアーボールッファイアーボールッ!」


 お月様が照らす夜中の雑木林(ほぼ跡地)。

 焦燥感に駆られながら一心不乱にわたしは魔術を放っていた。


 ああ、100日の修行で無我の境地へと至ったはずなのに、わたしの小市民ハートは壊れかけの洗濯機みたいにガタガタと悲鳴をあげている。


 ギヨームお父様とヘルマン伯爵は協力関係にある。しかし、ゲームでの彼は最後に手のひらをかえして、ロシュフォールを裏切り、わたしの体を弄ぶ外道。つまり、明確にわたしの敵だ。彼の存在そのものが、バッドエンドに導くフラグなんだ。


 そんな人が近くにいるだけで、ぞくぞくと鳥肌が立ち、寒気を感じる。

 肉食獣がうごめく暗い夜の大森林に、たった一人で放り出されたような恐怖が、たえずわたしの心を蝕んでいる。


 一刻も早くこの不安から解放されたい。これじゃ安心して眠ることも出来ない。そのためには、どんな敵が立ちはだかっても返り討ちに出来る力が欲しい。絶対的な力から生まれる、心の余裕がわたしには必要なんだ!


 遅れてやってきたウィン先生が、眠そうな目をこすり、小さなあくびをする。緑のおさげ髪は就寝前でほどけていて、ちょっと色っぽかった。


 「ふわぁ~こんな夜中に一体どうしたのですか」


 「はあ、はあ、ウィン先生もっと強くなりたいですわぁ!」


 「無駄打ちしても強くはなれまんせんよ」


 「で、でもこうしてないとあのエロ狸に襲われる気がして落ち着かなくて!」


 「え、エロ狸!? ちょっと修行のやり過ぎで頭がおかしくなってるのかもしれません。一旦お屋敷に戻って話し合いましょう」


 「嫌ですわぁ! あんな穢らわしい性獣と同じ屋根の下だなんてごめんですの!」


 ワンドを掴むわたしの腕を、修業をやめさせようとするウィン先生が握りしめてきた。わたしは体をよじり抵抗する。だけど、ウィン先生の方が力が強くて、あっけなく、ぎゅっと抱き寄せられてしまった。


 「よしよし落ち着いて」


 「ぶにゅ」


 彼女の柔らかくも慎ましやかなおっぱいに顔をうずめる。お風呂上りのハーブの香りがした。わたしのピンク頭の髪を、ウィン先生が赤子を撫でるように、やさしく触れた。


 (ずるいなぁ、可愛い子ってどうして匂いまで素敵なんだろう?)


 おかげで、フラグとの不慮の遭遇で取り乱していた気持ちが、ちょっと落ち着いてきた。美少女は精神安定剤の役割もこなしちゃうんだね。


 「強くなりたいなら焦っては駄目です。一歩ずつ着実に経験を積んでいくことが大切です」


 「でも……わたしには時間が」


 「急いては事を仕損じるというでしょう。成長をするためには立ち止まって考える時間も大事。闇雲に魔術を放っても得られるものはありません」


 「ううっ、はいですわ」


 まったくその通りだ。

 あせったところで、いますぐ強くなれるわけじゃない。

 少しずつ努力を重ねてこそ、強さとそれに伴う自信が育まれるのだ。

 

 そんなことすら見失ってしまうとは、わたしはなんて浅はかな女なのだろう!

 それに比べてウィン先生ときたらロリっ子のくせに、前世のバレー部の熱血顧問ばりにいぶし銀な余裕を漂わせている。ああ、わたしも彼女みたいな余裕のある大人の女性になりたい。


 「ふっ、それにヴィオレッドがこれ以上成長したら私の役目がなくなってお仕事がなくなりますし」

 

 全然勘違いだった。

 めちゃくちゃ金に汚い大人なだけでした。

 相変わらず本音が駄々洩れてる。

 

 ウィン先生はわたしを抱きしめながら、唸るようにつぶやく。


「うーん、強くなるなら魔術訓練だけでは足りないですね。やはり実践に勝るものはありませんから。良い稽古相手が要ればいいんですけど……」


「じ、実践ですか」


「私でよければ相手をしますが?」


「だ、だめですわ! 女の子相手に魔術は放てませんわ!」


 こんな可愛い子を火だるまになんてできるわけがないっ。

 あ、あれ?

 というか、そもそもわたしって誰かと戦ったりできるんだろうか?


 前世でも殴り合いの喧嘩どころか、暴力を振るったことも、振るわれたこともないんだけど……。

 

 「実際の戦闘で相手を選んでいる余裕はありませんよ」


 「それはそうですけど……いきなりはちょっと、小市民なわたしには目標が高すぎるような」


 流石に嫌いな男性でも燃やすのはなぁ。

 

 「大貴族の貴女が小市民なら私の立場がないのですが……でも困りましたね。まさか攻撃を出来ないとは盲点でした」


 これはちょっとマズイんじゃなかろうか。

 正直、わたしの善悪の感性は日本にいたころとたいして変わっていない。

 いくら貞操のためだからといって、練習で誰かを傷つけるなんてしたくない。

 でも、練習すら出来なかったら、絶対にいざという時に腰が引けちゃう自信がある。


 予想外すぎる問題にぶち当たったわたしは頭を抱える。


 「うぅ、燃やしても良心が痛まないちょうどいい練習相手が要ればいいのですけれど」


 「そんな相手都合よくいるわけ……」


 (……く……くるよ……)


 その時、精霊の声が聞こえてきた。

 ふわふわと淡い光が二つ、近寄ってくる。


 「……くるってなんですの?」


 (たたかい……はじまるよ……)


 (練習……できるよ)

 

 ウィン先生は精霊の声を聴きとれるわたしをうらやましそうに眺めた。


 「精霊はなんて言ってるんですか?」


 「うーん、なんか練習がどうとか……でもまだ完璧には聞き取れないから要領を得ないですわ。精霊さん、練習ってなんですの?」


 (戦う……相手)


 (燃やしても……いい人)


 どういうことだろう?

 練習相手……燃やしても良い人って、

 はっ!

 も、もしかして!


 「精霊さん達が練習相手を用意してくれましたの!?」


 ウィン先生が驚いて目を見張る。


 「えっ、精霊ってそんなことできるんですか?」


 「間違いないですよっ、きっと魔法で人間っぽいものを出してくれるんですわ! ね、精霊さん?」


 (あ、あの……)


 (……ち、ちが)


 「ええっ、血が滾りますわね!」


 ((……))


 精霊さんの心遣いにわたしは喜びのあまり、ウィンクをして、ぐっと親指を立てる……そして、ソイツはそいつがやってきた。


 周囲の景色に溶け込み、ゆったりと動く人の影。

 姿形は見えないけれど、気配察知を極めたわたしには分かる。

 あれはっ……透明のままそーっと近づいてくる謎の魔法生物っ!


 「そこの貴方っ、尋常に勝負ですわっ!」


 何もない空間に指を突き付けて叫ぶと、ビクッとソイツが肩を跳ね上げた。


 キャーッ、なんてリアルな挙動なのだろう!

 しかも、気配から感じ取れるシルエットは、男性っぽい雰囲気を演出している。

 きっと、男性が苦手なわたくしのために精霊さんが気遣ってくれたんだぁ!


 「ありうがとうですわ精霊さん! これなら心おきなくぼっこぼっこに、できますわぁぁぁ!!!」


 ((……))

 

 ついに異世界での初戦闘がはじまる。

 



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