第25話

「嘘よ!」


 レイナは顔を真っ赤にして叫んだ。俺が置物ではないという事実を、かたくなに信じようとしない。


「たしかに、あの頃は今とは比べ物にならないくらい貧弱な力しかなかったから仕方ないけど。俺なりに役に立とうと必死にやってたんだよ」


 俺がそう返した時、地面に倒れていたオルガがうっすらと目を開けた。


「おれ……助かったのか……?」


 事態が飲み込めていない彼の声は、か細く震えている。


「あぁ、あいつならもう倒したから、安心していい」


 俺が言うと、彼は安堵したようにほっと息を吐き、声にならない嗚咽を漏らしながら涙を流した。


 その時、遠くから複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。


「みんな、無事か!?」


 救援部隊が到着した。先頭に立つ男は、辺りを見回し、《闇炎のメルガドール》の死骸を見ると驚きに目を見開いた。


「なんだ、倒せてるじゃないか。さすが《鉄翼の星屑》だな」


 その言葉に、グレゴルが顔を上げ、俺を指さしながら叫んだ。


「違います!そいつらは俺たちを囮にして逃げようとしてました。助けてくれたのはこの人です!」


 救援部隊長の顔に、困惑の色が浮かぶ。


「そうなのか……?」


 その問いに、ダリオが苦しそうに頷いた。


「はい……俺たちでは歯が立ちませんでした……」


「それで、彼らを囮にして逃げようとしたと? これは詳しく話をきかなければならない案件だ。《鉄翼の星屑》のメンバーはみな、このままギルドに来てもらおう」


 動けるようになった《鉄翼の星屑》のメンバーは、重い足取りで救援部隊に連れられていった。去り際、シズクがこちらを振り返り、静かに言った。


「ユリウス、ありがとう……」


「あぁ」


 妙にくすぐったい気持ちになった。


「そこの二人は重傷のようだ。神殿まで送ろう」


 部隊長がそう指示すると、グレゴルとオルガが俺のほうにやってきた。


「ごめん、さすがに完治はできなくて……」


 俺が申し訳なさそうに言うと、グレゴルは片足を負傷しながらも、晴れやかな顔で笑った。


「いえいえ、命を救っていただけて感謝しています」


 オルガもまた、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 救援部隊長と、俺だけが残った。


「《闇炎のメルガドール》……こんな状態で倒されているのは初めて見るぞ」


 彼は興味津々に死骸を観察している。


「君が一人で倒したのかい?」


「えぇ、まぁ……」


「君は確か……」


「ユリウスです。少し前まで《鉄翼の星屑》にいました」


「あぁ、そうだそうだ。……おかしいな、Cランクときいていたが……」


「えぇ、Cランクで合ってますよ」


 その瞬間、部隊長が腹を抱えて笑い出した。


「ハハハハハ!ごめんごめん、《闇炎のメルガドール》をソロで倒す実力持ちがCランクなんてそんなおかしな話ないだろ?」


「ランク上げれるように頑張ります」


 俺が困惑しながら言うと、彼はさらに笑いを深めた。


「とりあえず……今日から君、Aランクね」


「は??」


 あまりに唐突な言葉に、俺は間抜けな声を出してしまった。


「一応俺、ギルドの副所長だから。それなりに権限もってるんだよね」


 俺は急な事態についていけなくなった。


「いきなりSランクだと、さすがに外野がうるさいから。君ならすぐS目指せると思うよ」


「はぁ……」


「それじゃあ、俺はギルドに報告しにいくから」


「ま、まってください!こいつこのままにしていいんですか?」


「あぁ言ってなかったか。後処理が得意な部隊がもうすぐ到着するはずだよ。そいつらに相談して!じゃ、そういうことで」


 そう言い残すと、副所長は去っていった。俺は一人、巨大な竜の死骸を前に、呆然と立ち尽くした。


 ◆


 残処理をあの後すぐに到着したギルドからの救援部隊にまかせ、俺は一人ギルドに戻ってきた。

 扉をくぐった瞬間、俺は熱気とざわめきに包まれた。


「ユリウスさん! もう、心臓何個あっても足りないわ!」


 声の主は、間髪入れず駆け寄ってきたサラだ。目を潤ませ、拳を握りしめている。


「まったく、一人で助けに行くなんて無茶するなよ!ま、お前なら大丈夫だと思ってたけどさ……」


 リオンがしかめっ面をしようとしているが、口元はほころんでいた。


 俺は少し照れながら頭をかく。


「いや……助けなきゃって足が勝手に……」


「そうだ、あいつらどうなった?」


 俺の言葉に、リオンが顔を曇らせる。


「《鉄翼の星屑》なら、事情聴取からまだ出てこねえぜ。ギルドの職員に囲まれて、さぞかし青ざめてるだろうな」


 俺は小さく苦笑した。


「そうか……ま、今回のことは仕方ないか」


 その時、受付の方から声がした。

「ユリウスさん!」


 振り返ると、マリエルが両手を振って、ほっとした笑みを浮かべている。

「副所長からお話は伺っています! 昇格の手続きをしますのでこちらへどうぞ!」


「え……もう?」

 俺は目を丸くする。


「はい、副部長からユリウスさんが戻ってきたらすぐに対応するようにと言付かっています」

 マリエルの微笑に、胸がじんわり温かくなる。


「ユリウスさんは救護活動、そしてソロでの《闇炎のメルガドール》討伐が認められ、これより冒険者ランクはAとなります」


 マリエルが、水晶端末に映るデータを確認しながら、笑顔で言った。


「すげぇ!いきなりAランクかよ!」


 リオンとサラが駆け寄ってきて一緒に喜ぶ。


「やりましたね、ユリウスさん!」


 その場の空気が一気に明るくなった。

 冒険者たちの視線が、ざわめきとともに俺を中心に集まっている。

 

 ざわめきの中、奥の方で、ふと人混みをかき分ける銀色の髪が目に入った。

 視線がぶつかる――


「あ、あの!さっきサラさんたちからお話きかせてもらいました。あなたが私の探している恩人なのではないかと……」


 その声は必死さが溢れ、探るような眼が確かに俺を捉えていた。


 リオンが俺を見て頷いている。


「《黒牙のアズラヴェル》を倒した人を探しているのであれば、俺なんだけど……」


 少女は一瞬息を呑むと、涙をこぼしながら小さく頷いた。


「そうです……! あの時、気を失ってしまって……」


 少女はこぼれる続ける涙を気にかけることなく、必死に言葉を続ける。


「遅くなり、すみません。救ってくださり本当にありがとうございました」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。


「俺もあの時急いでて、すぐにあの場を離れたんだ。気にしないで」


 少女は少し前に踏み出し、両手を胸の前で握りしめた。


「今度、改めてお礼をさせてください」


 あまりに真剣な表情に、俺は思わず慌てる。


「いやいや、いいよ!気持ちだけで充分だから!」


「そんなことおっしゃらず……」


「ユリウスさん、ここは受け取ってあげたらどうでしょう?」


 サラの思わぬ加勢に、リオンまでもが加わる。


「いいじゃねぇか別に。 そうしないと気が済まないんだろ?」


「お願いします!」


 少女は深々と頭をさげる。


「わかったよ……」


 俺は渋々頷いたが、自然と笑みが浮かんでいた。


「ありがとうございます。私はマリアといいます」


「俺はユリウスだ。よろしく」


「ユリウスさん、ですね。覚えました。絶対に忘れません……また連絡します」


 そうして、マリアは銀の髪を揺らしながら去っていった。


「それじゃあ、俺たちはユリウスのAランク昇格を祝って、パーっといくか!」


 サラも笑顔を弾ませる。


「そうしましょう! 行きますよ、ユリウスさん!」


「なんか君たち……どんどん逞しくなってないか?」


 有無を言わせぬ二人の行動力に、俺は思わず苦笑した。


 こうして長い一日は賑やかな声と喜びに包まれ、幕を閉じた。

 振り返れば、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。

 どんどん強くなっていく幼馴染たちに食らいつこうと無茶な訓練を繰り返し、そんな苦労も虚しく追放され――それでも俺は、諦めなかった。

 無詠唱スキルを磨き、戦いに臨み、そして今日、この結果を手にした。


「俺は……ちゃんと、前に進んでいるんだ」

 小さく呟くと、心の奥底から充実感が湧き上がる。


 しかし、物語はまだ終わらない。

 俺の旅は、まだまだ続く――いや、ようやく、本当に自分の力で歩き出せるのだ。


 仲間たちの笑い声と祝いの声に囲まれ、俺は拳を軽く握りしめる。

 歓声と期待に満ちたこの瞬間から、俺の新たな冒険が、静かに、しかし確かに始まったのだった。

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お荷物扱いで追放された支援職、実は誰より強かった件について 中野森 @morino333

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