08 重なる記憶
「その異能省の人の名前って分かるか?」
「いえ、その……すみません。その人と会ったのはあれが最初で最後だったし、名前を聞く前に意識を落としてしまったので……」
もしも名前を覚えていたら、その人にはお礼を伝えていた。
私をあの人たちから助けてくれたこと、あの人たちがしていたのは「
数十分にも満たない短い時間だったけど、あの時、間違いなく私は救われた。
異能保護法第19条、異能収奪罪——管理の対象であると同時に保護の対象でもある異能者を虐げ、その異能を私利私欲のために使った罪で捕まったあの人たちには、3年前以来会っていない。それどころか噂話すら聞いていない。
私を救ってくれた男性も、その点だけは同じだった。支援を担当してくれた別の異能省の人にそれとなく聞いてみても、いつも答えはもらえない。でも、あまりにも私がしつこかったからかこれだけは教えてもらえた。
その人が所属する特殊異能事件対策局はその特性上、貴重な異能を持つ異能者が多く、その分秘密も多い組織だということ。もし例の男性の名前を覚えていたら、私はすぐさま引き込まれて、自分の異能をその組織のために使わなければならないことになっていた可能性もある、と。
もしも名前を覚えていたら、その人にはあの時言えなかったお礼を伝えていたと思う。それができる反面、「普通」からは随分と離れた生活を送っていたはずだ。
「……名前は知らなくとも、何か他に覚えていることはない?」
腿の上で組んでいる両手に向けていた視線を上げて、ほんの少し眉を下げた綾世先輩と目を合わせる。
覚えていること。その人の髪の色は話したけど、他に何か……あ、そういえば——。
「少し違うかもしれないですけど……綾世先輩の異能で助けてもらった時、懐かしい感じがしたんです。あの温かさは、3年前のその人から異能を使われた時の感覚と似てました」
不思議なこともありますね、私のその言葉に同意したのは、いつの間にか飄々とした雰囲気に戻っていた布目先生だけ。綾世先輩は眉を下げて笑っている。
次の瞬間には、いつにも増して感情が読めない笑顔に上書きされていた。すぐに見えなくなってしまったけど、あの泣いてしまいそうな表情はしばらく頭から離れそうにない。
「さて、今後のことなんだが……」
姿勢を正した布目先生に倣って、力が入りにくい体で向き直る。さっきまでは一切なかったぴりぴりとした緊張感が走った。
……やっぱりなんのお咎めもなし、とはいかないよね。謹慎か、反省文か、他の何かか……。意図的なものではなかったとはいえ、異能を暴走させて綾世先輩を突き飛ばしてしまったんだから、何かしらの罰があって然るべきだ。
「法月と方波見の二人にはしばらくの間、ペアでの行動をしてもらうことになった」
「……ペア、ですか?」
それがお咎め……?
ちらりと見た綾世先輩は相変わらずにこにことしている。前もって知ってたのかな。
「理由としては、また異能の暴走が起こらないようにするため。それと万が一起こってしまった時、すぐに対応できるようにするためだ」
万が一の時の対応はまあ分かるけど、ペアでの行動がどうして異能の暴走を防ぐことに繋がるの?
「あの、純粋に疑問なんですが——」
「ああちょっと待て、ペア行動とどう繋がるかってことだろ?」
えっと、……どうして分かったんですか? その通りですの意味を込めて頷く。布目先生は両手で顔を覆って俯いた。はぁ、と大きなため息が聞こえる。ど、どうしたんですか。
良いのか悪いのか、緊張感はどこかに行ってしまった。
「……いわゆる上の命令ってやつだ。異能の暴走を起こした1年生はペア制度ができてから毎年こうと決まっていてな。本来の目的は異能の暴走を防ぐことじゃないんだ。オレ的には、3年生が1年生を監視するみたいなことはやめた方がいいと思うんだけどな……すまん」
なるほど。ペア行動が異能の暴走を防ぐ……のではなく、異能の暴走を起こした問題児を3年生に監視させて管理しやすくする、と。……先生も色々と大変なんですね。綾世先輩は変わらない笑顔で「お疲れ様です」と声をかけていた。
ペアで行動しなきゃいけないのは分かったし私としては全然問題ないけど、……綾世先輩からしてみれば大きな迷惑だよね。私がやってしまった異能の暴走の尻拭いみたいなことなんだから。でも布目先生の言い方だと拒否権はなさそうだし……申し訳ない。
「そういうわけだから、授業以外は基本的に二人行動で頼む」
「……分かりました。綾世先輩、すみませんがよろしくお願いします」
本っ当に申し訳ないですが、お願いします。私は先輩に向かって頭を下げた。すると、ふっと頭の上に何かが近づくのを感じる。……撫でられてる? ちらりと視線を上げると、機嫌良さそうに私の頭を撫でている綾世先輩が見えた。
「……あ、あの、綾世先輩?」
「何かな?」
「こ、この手は一体……?」
ゆっくりと頭を上げても、頭を撫でる手は止まらない。
「可愛い後輩だなーってしてるだけだよ」
「そ、そうなんですね?」
「そうだよ。……そんなに気を遣わなくて大丈夫だからね。俺、迷惑どころか運がいいって思ってるから。同じ黒の異能者同士、色々と分かり合えることもあるでしょ?」
——俺は陽翠と仲良くなりたいよ。
まるで、ペア行動のおかげで私と仲良くなるきっかけができた、と言っているように聞こえた。……本当に、ですか? 私の勘違いじゃない、ですか? 先輩は変わらず、るんるんと鼻歌を歌いそうな勢いで私の頭を撫でている。
……嬉しい。
「……私も、綾世先輩と仲良くなりたい、です」
真っ直ぐと綾世先輩の目を見て伝えると、一瞬目を見開いた後、嬉しそうに笑ってくれた。釣られて私も笑顔になる。
「お前たちめっちゃ仲良いな?」
「俺と陽翠の仲ですからね」
ノリツッコミのように返した綾世先輩は、気のせいじゃなければ驚いていた。
……どうして、どうして自分で言ったその言葉に驚いたんですか? 「綾世先輩と私の仲だから」の何に? ……聞いてもはぐらかされるだけ、かな。
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