第22話 「料理の先生」
俺自身、長年腕を磨いてきたという訳じゃないけれど、基本的な事なら教えられるかもしれない。
少なくとも、家庭料理くらいなら大丈夫なはず。それに、こうして先輩と話ができる時間というのは、正直……ちょっと嬉しい。いや、かなりかな。少し欲張りかもしれないけど。
「はい。卯月先輩が俺で良いのなら、精一杯やらせて頂きます」
すると、次の瞬間。
「!?」
――ぎゅっと、手を握られた。
「ありがとうございます!」
ちょっ、え、近い近いっ!
ていうか、先輩の手が俺の手を!? ちっさいし!? 柔らかい!?
「ありがとうございます!これからよろしくお願いしますね、先生っ!」
せ、先生だと!?
「え、えーっと、先生なんて恥ずかしいです。他の呼び方だと助かります……」
「ふふっ、失礼しました。じゃあ今まで通り、綾瀬くん、改めてよろしくお願いします」
柔らかくて、小さな手。
こんなにも繊細そうな手を、握り返してもいいのだろうか。少しでも力を入れたら、壊れてしまいそうで怖い。
「よ、よろしくお願いします……」
握られた右手に全意識を集中し、かなり抑えた微弱な力で握り返す。
どんなに高級なアクセサリーや可憐な華を扱うよりも丁重に、俺史上最も丁寧な握手を交わしてみせた。
ふぅ、動いてもいないのに汗をかいてる。
あっ!手汗とか出てなかったよな!?
「あの、綾瀬くん」
「はいっ!すみません!!」
「ど、どうしたんですか!? 何故謝るんですか」
咄嗟に名前を呼ばれた瞬間、やはり汗が気持ち悪くてそれを指摘されたのかと思ってしまった……。被害妄想が過ぎるな、俺。
しかも、先輩に心配までさせて……。突然頭を下げられたらそりゃあ心配するよ。
「いえ、何でもないです……」
ていうか、今ので何回頭下げた? 今日の俺頭下げてばかりじゃない?
「そうだ綾瀬くん。料理を教えてもらうにあたって相談があるんですけど」
「何ですか?」
「私の家と綾瀬くんの家、どちらでやりましょうか?」
「い、家!?」
てっきり、今後の日程の話かと思いきや最初に飛び出したのは場所の話だった。
「い、家でやるんですか?」
それも、俺もしくは先輩の家で。
「はい。学校の家庭科室だと、その……」
そうか。料理が苦手なこと、あまり知られたくないだろうし。学校だと周囲の目もある。
でも、自宅か先輩の家かって……。どっちにしてもめちゃくちゃ緊張する!
卯月先輩の聖地とも言えるプライベートな空間に足を踏み入れるなんてハードルが高いし、逆に俺の家に先輩が来ると思うだけで心臓に悪い。
しかも、一度家にあげた時は本人だって気付かなかったんだよな……。
「先輩にお任せします。やりやすい方でいいですよ」
男気ゼロ。判断力ゼロ。情けなさMAX。
完全な他力本願である。女性に任せるなんて、男として情け無い。だが俺には今回の件について判断をする度量が足りてなかった。
「そうですね……。でも、ひなたくんがいるなら綾瀬くんのお家の方がいいですよね?」
「あっ、確かに……」
流石に弟である四歳のひなたを一人でお留守番させるわけにもいかないし、かといって先輩の部屋に二人で押しかけるのも気を遣わせそうだ。
「……じゃあ、俺の家で」
「はい。あと、練習用の食費とかは心配しないでくださいね。全額、私がお支払いしますので」
「いやいや、別にうちの冷蔵庫の物を好きに使ってもらっても……」
「私が全・額!負担します」
「……あ、はい」
あ、これはダメなやつだ。絶対譲らないやつだ。
「あの卯月先輩」
「ですから、全・額!……あっ、別の話ですか?」
気に入ってる!? そのフレーズ、気に入ってませんか先輩!?
話題を変えようとしたのだが、圧力が抜ききれていない。
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