第12話 ただいまのあとで

 ダンジョンの通路を戻る足取りは、行きよりもいくらか重かった。

 俺の中に残る微かな疲労と、達成感とが、皮膚の奥でせめぎ合っていた。


 背後から跳ねる音がついてくる。

 ぷにゅん、ぷにゅん、とリズムを刻むのはスライム──プニの足音だ。

 いつも通り、こいつは変わらない。けれど、


「……悪くない一日だった。手応えはある」


 湿気が濃くなる。空気が変わった。

通路の先──種馬のいる“繁殖部屋”が見えてくる。

岩肌を削って広げたその空間には、なんというか……すっかり“落ち着いた”雰囲気だった



 整地した初期エリアの奥、壁を削って作られた繁殖部屋に、俺は足を踏み入れた。

 ダンジョンの入り口に最も近い場所であり、俺達の拠点だ。


「……戻ったぞ、種馬」


スコップは壁際に立てかけられ、足元には削られた岩の残骸が散らばっている。

種馬はすでに作業を終え、入り口のほうを向いたまま、静かに待っていた。


「三体、連れてきた。新入りだ── あとは任せる」


 魔力の粒子が浮かび上がり、捕獲していた三体の♀ゴブリンが、順に光の中から現れる。


「お前たち──あいつの指示に従え」


俺の言葉に、3体の♀がわずかに反応を見せた。動きは鈍いが、命令は届いている。


 今の彼女たちは、俺や種馬に対して敵意を持っていない──

 それどころか、命令をある程度“受け入れている”といっていい。

 全員、視線だけはゆっくりと動かしながら、種馬の姿を追っていた。拘束を解くと、それぞれが足を引きずるように立ち上がる。


 種馬の方へ、ひとり、またひとりと向かっていった。彼女たちは振り返らない。ただ黙って、与えられた指示に従うだけ。


 種馬は、俺の言葉を聞いたあと、静かに立ち、繁殖の準備に入っていた。

 その目に迷いはない。ただ、与えられた“役割”を遂行する覚悟だけが、そこにあった。


 ──まるで、“待っていた”かのように。


 そして、無言のまま一体目へと歩み寄る。背を丸め、ゆっくりと体勢を整え──

 

 何の躊躇もなく、作業に入った。


種馬は一体目の前に立つと、そのまま手を伸ばし、腰を掴む。

嫌がる素振りも、抵抗の気配もなかった。


体勢を整えるようにして、後ろから静かに身体を密着させる。

無言のまま、必要な位置に身体を合わせ──




 俺は部屋を出て、入口近くの岩場に腰を下ろす。後ろから、ぴょん、と跳ねたプニがやってきて、俺の横にちょこんと落ち着く。


 石壁に背を預けて、息をつく。


「……こっちはこっちで、よくやったよな」


 思わず口に出る独り言。プニは何も言わず、ただ空気のようにぴとりと寄り添う。


 ──そのときだった。


 《妊娠を確認/出産まで約6時間》

 《妊娠を確認/出産まで約6時間》

 《妊娠を確認/出産まで約6時間》


「……早すぎ」


 思わず、天井を見上げた。


 ──これが、俺のやり方。

 戦わずに、奪わずに、育てて、繋いで、増やす。そのすべてが、今、こうして結果に変わった。


(……よし。“回収”の準備だな)


 繁殖が完了すれば、一定時間後に魔石が発生する。

 それを受け取るのが、俺の役目。そして──今日の報酬。


 ただ──このときの俺は、まだ知らなかった。その報酬に、“ある違和感”が混ざっていることを。




 少しの間、休憩していた俺は立ち上がり、繁殖部屋へと戻る。種馬の前にはすでに、たくさんの魔石がまとめられていた。

 ひとつ、またひとつと手に取り、手の中で数を確かめる。


「……三十八?」


 軽く眉をひそめ、もう一度だけ数え直す。数は変わらない。だけど予定より多い。


 視線を上げると、種馬がこちらを見ていた。目が合ったまま、短く「ギャ」と喉を鳴らす。    それきり、動かない──かと思ったその時、

 種馬はわずかに目線をそらし、隣の♀ゴブリンの腹部を、顎で示すように一度だけあごを動かす。


「……ああ、なるほど。そういうことか……双子が産まれたのか」


 頷く代わりに、俺は残った魔石を無言で拾い上げた。

 重さも、数も、間違いない。


「……ご苦労。こっちも上出来だったよ」


 納得とともに、魔石をアイテムボックスに収めていく。

 討伐数と合わせれば、全部で62個。──それが、今日の探索の報酬だ。


 すべての“ゴブリンの魔石”をアイテムボックスに収め終えた頃には、部屋の中に静けさが戻っていた。

 もう交尾は終わり、種馬はスコップを手に再び壁へ向かっている。♀たちは、うずくまったまま反応がない。


 俺はその場から一歩だけ引き、スマホを操作する。

 

 「……全部で62個。合計で31000円」


 数字が画面に表示される。予想通り──いや、それ以上だ。


「これなら……いける」


 金額や数じゃない。回収の仕組みも、流れも、魔物の状態管理も含めて──


“計画として成立した”という実感があった。


 後ろから跳ねる音が聞こえる。振り返れば、プニがぴょん、と一跳ねしてこちらへ寄ってきた。


「おまえも、手伝ってくれてたもんな」


 プニは何も答えず、ただぴとりと身体を寄せてくる。俺はそのまま、通路の方へと目を向けた。




 ダンジョンから戻って夕飯を食べ終えた頃、俺は自室から魔石を入れた布袋を持ってきた。ダイニングテーブルに広げて、家族の前に中身を並べていく。

 

 「──今日の分。売れば三万ちょいになる」


 テーブルに並んだ“ゴブリンの魔石”を見て、美咲が目を丸くした。


「……なにこれ、すご」 


美咲が目を丸くした。


「本物なの?」 


 と母が言う。俺は黙って、スマホの画面を見せた。換金所の相場と、入金予定額の表示。


「本物だよ。ちゃんと換金できるやつ」


 父が目を細めて、魔石を一つ手に取る。


「……危ないことしてないよな?」


「してない」


即答した。


「あくまで探索だけ。戦闘もほぼしてないし、これも危険なやつじゃない」


言葉に嘘はなかった。あくまで、“ほぼ戦ってない”ことは事実だ。


「だから──もうちょい続けさせてほしい」


 数秒の沈黙のあと、父が「ふん」と短く鼻を鳴らす。無言でひとつ、魔石を手に取り、指の腹で感触を確かめるように撫でた。


「……無茶は、してないんだな」


「うん。気をつけてやってる」


 それでも、父はすぐには手を離さなかった。

 しばらく黙ったあと、静かに息を吐いて──


「……なら、いい」


 その言葉だけで、魔石を元の場所に戻す。


「怪我さえしないなら、好きにしろ」


 それだけ言って、父は椅子を引いて立ち上がった。


「ありがとう」


 俺は自然にそう言っていた。母もこくりと頷いた。


「あんまり無理しないでね」


 「美咲も……何も言わないの?」と、母がちらりと視線を送る。


「……別に」


 美咲は小さく肩をすくめて、ちょっとだけむくれた表情を見せた。


「止めたって聞かないでしょ、兄さんは」


 その言い草に、俺は苦笑いを返すしかなかった。とりあえず──これで、しばらくは安心して動ける。




 夕飯のあと、リビングのソファに並んで座りながら、俺と美咲はテレビを眺めていた。

 画面では“探索者制度の改正特集”が流れていて、ナレーターの声が淡々と条件の変化を説明していく。


「……え、今ってもう夏から誰でも取れるの?」


「誕生日関係なくってこと……ほんとだ」


 美咲が、少しだけ眉を上げた。俺も画面に視線を固定したまま、小さく息をつく。


「来年から本格的に変わるって聞いたけど、今年からなのか……」


「しかも、うちらの代がちょうどその境目なんだ」


「……そっか」


 言葉が止まる。テレビでは、制服姿の若い探索者たちがインタビューに答えていた。


「みんな、もう動いてるんだね」


「……まあ、ね」


 それ以上、会話は続かなかった。でも、お互いの視線は、しばらく画面から離れなかった。


探索者制度の特集が終わった直後、次に映し出されたのは、鈍い光が揺れる巨大な空間──ダンジョンの奥地だった。


 黒く焦げた岩肌。高くそびえる天井。その中心に、崩れ落ちた一体のドラゴンが横たわっていた。

 全長は優に十メートルを超えている。皮膚は鋼のように硬質で、尾は地面を削って凶悪なカーブを描いている。


『続いては、最年少Sランク探索者による、大型魔物討伐の一部始終をお届けします』


 ナレーターの声が入った瞬間、場面が切り替わった。

 立っていたのは──ひとりの女性探索者。岩場の縁、血の飛沫すら届かないはずの静かな立ち位置に、長身のシルエットが浮かび上がっていた。


 東雲レイナ。十九歳。現役最年少のSランク探索者。

 背中まで流れる黒髪は乱れひとつなく、戦闘の痕跡をまるで感じさせない無表情。

 その手に握られているのは、淡い光を纏った細身の長剣。


「……この人が、討伐したの?」


 美咲が、少しだけ身を乗り出す。彼女の目は、画面に映る黒髪の剣士に吸い寄せられていた。


 討伐直後のインタビュー映像に切り替わる。背景には、まだ煙の残るドラゴンの死骸。だが、東雲レイナの顔色は変わらない。声も、表情も、熱量を一切帯びていない。


『任務です。特別なことは、何も』


 それだけ。 たったそれだけを言って、彼女は視線を外した。

 短く、乾いた沈黙。マイクを持つスタッフが返す言葉を探している間に、彼女は背を向け、遠くで待機していたパーティのもとへと歩き出していた。


「すご……」


 美咲が、小さく口にしたその声が、妙に部屋の中で響いた。

 俺は、画面に映る背中を見つめていた。何かを感じたわけじゃない。焦りも羨望も、目標もない。ただ──


(……本当に、同い年なんだ)


 たったそれだけの事実が、なぜか、胸に引っかかった。




 番組が終わるころには、リビングの空気も少し落ち着いていた。


 美咲は欠伸をひとつして、「風呂、先いい?」と聞いてから部屋を出ていく。

 俺も軽く頷いて、その背中を見送った。


美咲の姿が廊下に消えたあと、俺も立ち上がる。明かりを落としたリビングをあとにして、自分の部屋へ。

 扉を閉めたとたん、思考が切り替わった。もう一度、ダンジョンのことを考える時間だ。              


 (……次の探索、どう動くか)


──次の探索。次の目標。


 アイテムボックスを展開して、手持ちの資材を確認する。いつも使っている縄。減ってきた食糧。……買い足すとしたら、それくらいか。


(明日の放課後に換金と補充……それしかないか)


 学校帰りに寄れる場所は限られている。時間もない。


(……補充するにも、あんまり時間を空けたくない)


 スマホを手に取り、予定表を開く。放課後に換金と買い出し。その後は、短時間でもいいからダンジョンへ入る。


 週末までに整えておきたいことは多い。

 拠点での作業、次の階層の下見。


(無理なく、でも止めずに進める)


 静かに息を吐き、画面を伏せた。







物置ダンジョン進捗状況


未換金魔石38(19000円)

討伐魔石数24(12000円)

合計31000円相当の魔石


ネームドモンスター

プニ(スライム)

種馬(ゴブリン)


飼育魔物


新規捕獲♀個体

ゴブリン♀13体妊娠、♂幼体0、♀幼体1

スライム500体→吸収後→100体





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る