第41話 老人の戦争
「戦争?」
フェリシア、セフィー、レイラの三人がオレを訪ねてきて、相談することが最近は増えていた。
「ローレンシア共和国は、このロディニアから独立した小国ですわ。共和制をとり、豊かな国ですが、第二王子派で……」
フェリシアの言葉を、セフィーが補足する。
「第二王子の母親が、ローレンシア出身なのです。父親の代に、ロディニアに移ってきたので、どれだけ郷愁が強いかは分かりませんが……」
「でも、戦争をしたら第二王子の立場も悪くなるのでは?」
「今、この国は弱いですから……」
レイラの呟きがすべてだった。
「国民に教育する機会も与えず、魔法についても学ぶ機会がありません。聖女候補生が魔法を学べるのは、かなり特殊なのですよ。聖女候補生も戦争に駆り出されるかもしれません……」
特に、貴族なら戦争をするとき、率先して戦う立場であり、聖女候補生の彼女たちだって、その責任から逃れるものではない。
「そんな話があるのか……。大変だねぇ」
他人ごとのようそうに応じるのは、エクセラだ。
「まだ結界はできないの?」
「バカ弟子が……。結界術も教えておくべきだったよ。結界は、芸術さ。そう簡単にできて堪るものか」
「戦争になったとき、ここに攻めてくるかも……」
「それはないよ」
「どうして?」
「ローレンシアも、聖女が好きだからさ」
なるほど、それなら断言できそうだ。
「でも、学園をローレンシアのものとする……。接収する、という形ならあり得るだろうね」
その方がよほど大変そうだ……。
「オレも戦うか……」
「それだけはやめときな。鬼族が、人族にかかわるだけでも問題なのに、戦争にかかわるとなったら、大ごとだよ」
エクセラはそういうと「心配なら、アクセラに聞いてみるといい」
その助言で、アクセラに連絡をとってみた。彼女は鬼族の中でも、人族と交易するので、事情に精通する。
「ローレンシア? 戦争する気はない……と思うわ」
「そうなの?」
「ロディニアにとって、その話ってテンプレなのよ。ローレンシアの脅威ってね。都合よく、軍備の増強だったり、兵士の補充のときに出てくる話。でも今、ローレンシアも政局が混迷中でね。ロディニアの王位継承問題にまで、手を出している余裕はないわよ」
「でも、国民の不満の捌け口にするのでは?」
「その可能性がなくはない。元々、王制に不満をもち、共和制をとったぐらいだからね。でも、戦争をするとなると別。平和を永くつづけた結果、どの国も戦争には後ろ向き」
廊下で、レギーナ姫とプロムに行き会った。
「どうやら、目的のためには手段を択ばない……という話は本当のようだな」
「何のことですの?」
「戦争の危機を呷って、聖女候補生に対人戦闘の必要性を説く……」
「あら? 私は『救国』といっただけですわよ。戦争と勘違いしたのはフェリシアの方ですわ」
「勘違いさせるのも、テクニックだろ?」
「ふふ……。先生には通じませんこと? さすが、年の功ですわね」
「教師は、生徒の嘘にふりまわされていたら、商売あがったりだから……だよ」
「嘘? 疑念が少しでもあるものは、どこまでいっても嘘にはなりませんわ。聖女が〝救国〟をめざすのは、正しい選択ですもの」
そう自信たっぷりに語るレギーナの後ろで、急にプロムががくっと膝をつく。
「さっきから、ちくちくと精神攻撃をしかけていたが、操作系でオレを操ろうとしてもムダだよ。だが、キミとの間では魔力量に差があり過ぎる。操作系は、凌駕されると反動がくる」
レギーナは一瞬、悔しそうに唇を噛むが、すぐに笑みを浮かべ「先生にはちがう手段をとった方がよさそうですわね」
そういって、プロムを支えながら歩き去っていった。
レギーナ姫は、教師にも多数派工作をかけている。事なかれ主義の教師たちが姫派に流れていることも確かだ。
そんな中、オレはマット・クォーター調査官に声をかけられた。ルーシー事件を調査する、調査官として赴任したが、学園の運営に支障がでないよう、あまり表立って活動することはない。
しかしクォーター家は貴族としてかなり格上で、それは同じ年齢、同性だからと、レギーナの遊び相手となっていたほど格が高い、フェリシアのレインフォード家よりも上、という。
「レギーナ姫とやりあっているそうですな」
「意見の相違です」
「姫に反対意見を述べられるのは、稀有ですよ。だからあの姫が戸惑っている、ともいえそうです」
面白がるように、マットは笑う。
「レギーナ姫は戸惑っているんですか?」
「王族でありながら、鬱屈した感情をずっと抱えていましたからな。だから、自分を押し通そうとする。引いたら負け、と思っているのですよ」
自分が聖女になれない……となったら、システムを変えてやろうと学園に攻撃をしかけてきたり、聖女になったら『救国』をめざしたり、行動は一貫するが、その一途さが厄介といえそうだ。
高齢のマットは「おもしろい御仁だ」と、楽し気に歩き去っていく。彼はレギーナ姫のこともよく知る立場である。そして、このマットが怪しい動きを引き起こすことになる。
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