第38話 姫の来訪



 ドリー校長と、メイア教頭がオレのところに駆けよってきた。

「ぜ、絶対に……粗相がないように!」

 いつもおどおどして、慌てているドリー校長はともかく、いつもカリカリして神経質なメイア教頭まで慌てている。

「何があるんですか?」

 二人が走って行った後、ゆっくりと歩いてくるゴドリー主任に訊ねた。

「実は、レギーナ姫が学園を訪問されるのですよ」

「え⁉」

 ゴドリーはぐっと顔を寄せてきた。

「ドリコセファリスの山に魔竜の存在を感知してから、すぐ王都にも出現した……と聞きました。しかも、そのドリコセファリスの山で、応対したのはあなただ。そして王都で魔竜が出現したのは、姫のいる居室だそうです。はたしてどんな事情があるのでしょうな?」

 オレも苦笑するしかない。

「しかし、どうしてレギーナ姫が?」

「それが不明なのですよ。だから慌てています。元々、王家はあまり聖女にかかわらない、これが不文律です。国家に操られている……と思われたら、聖女が清純さにも疑義が広がりますからな」

 権力との接触は、致命傷にもなりかねない。

「レギーナ姫が何を考えているか、分かりません。あなたも努々、注意をしておくように」

 学園のためを考えて行動するゴドリーだからこそ、その注意の意味は重い。


 レギーナは豪華な馬車にのって登場した。講師たちも全員そろって出迎え、ドリー校長が前にでた。

「ようこそお越しいただきました。レギーナ様」

 レギーナは仏頂面を浮かべながら、ドリー校長の案内で、学園の施設を見学してまわる。

 護衛の兵士はほとんどつけずに学園に来ており、ロシェたち学園の警備兵が、姫の護衛となる。

 ロシェ警備兵長も官僚らしく、ソツがなさそうに見えて、かなり緊張する様子もうかがえる。それは王族の警備などは本来、上級官僚の仕事で、まだ下級であるロシェでは荷が重いからだ。何かあったら出世にも響く。だから緊張し、そのせいでミスを連発する。

 そのたび、執事としてレギーナについてきたプロムに指導される始末だ。

 プロムはできる秘書、という感じで付き従っており、レギーナに不測の事態が起きないよう、常に目を配っている。それは鬼気迫るほどで、護衛もつけていない姫を守ろうと、神経質になっているようだった。


 でも、レギーナは不機嫌そうだけれど、特に何かを発することもなく、説明をふんふんと聞いている。

 そして、校長室にもどってきた。

 レギーナはそっと傍らにいるプロムに耳打ちする。すると、執事のプロムがはっきりと、こう告げた。

「レギーナお嬢様が、このブレシド・セインツ学園に入学したい、とおっしゃっています」

 あまりに予想外のことに、ドリー校長も、メイア教頭も口をあんぐりと開けたまま答えることができない。それに応じたのは、ゴドリーだ。

「今から編入したい、ということですかな?」

「形式はどうでもよいのです。レギーナお嬢様が入学でき、聖女候補生として授業をうけることができれば……」

「それは、レギーナ姫も聖女をめざす、と?」

「聖女になれずとも構わない。でも、聖女候補生として学び、その資格を得られるのなら、聖女になりたい……と」

「前例がありません」

 このとき、応じたのはやっと我をとりもどした、ドリー校長だ。

「形式はどうでも構わないのです。そういうルールがないなら、ルールをつくってもよい。聖女候補生ではなく、研修生としてでも構わない。この学園に入学したい、ということです」

 ほとんどすべてをプロムが話す。レギーナはゆったりと椅子にすわり、戸惑う学園側の人間を、観察するように眺めていた。


 今日はとりあえず、レギーナは王都にはもどらず、近くの町まで戻って宿をとるそうだ。

 それは王都へはもどらない。ここで聖女候補生にしてもらう、という強い決意の表れのようだった。

 フェリシア、セフィー、レイラの三人がオレのところにやってきた。どうやら耳に入ったようで、貴族の三人には思うところもありそうだ。

「レギーナ姫が、聖女になりたい、という話は聞いたことがありました。でも、王族から聖女になった前例はないので諦めた、と……」

 貴族の間には、そんな話も出回っていたようだ。

「焼けぼっくいに火がついた、か……」

 魔竜に、学園への攻撃を止められたことで、身をひくのではなく、むしろ聖女への思いが募ったのかもしれない。

「私は同じ歳なので、レギーナ姫ともよくお話をしましたが、言いだしたらがんとして退かない、意志の強さは感じましたわ」

 フェリシアもそういって、ため息をつく。16歳のフェリシアでさえ、異例の入学とされるのに、中途で、しかも王族の姫が入学するというのだから、今は王都にも確認の伝令を飛ばしているところだ。

「他の子たちは?」

 オレの質問に、レイラが応えた。

「動揺しています。事態がよく分からなくて……」

 これを好事ととらえるのか? むしろ不安の方が大きいはずで、レギーナ姫による新たなトラブルは、聖女候補生たちにも暗い影を落としていた。




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