第15話 師匠
オレはその日、独自に結界の調査にのりだしていた。校長に許可をとろうと思っていたが、梨の礫で一向にすすまない。
そこで業を煮やし、自分で調べることにしたのだ。
といっても、天才結界術師、ゼドがこの地に合わせてつくった特別製で、オレも結界についてそこまで詳しいわけではない。
「レント!」
不意に声をかけてきた人物に、オレもふり返って「師匠……」
そこにいるのは、ぼさぼさ頭ににょきっと大小、二つの角を生やした女性であり、くりくりした大きな目をして、オレのところに駆けてくると、飛び蹴りをくらわしてきた。
「な……、何をするんだ⁉」
「手を借りたいって、生意気‼」
エクセラ――。彼女はそう名乗っている。鬼族であり、転移者であって、オレがこの世界にきて、魔法を教えてもらった師匠でもある。
つまりオレより先に転移してきたが、年齢など、その出自は一切不明。エクセラというのも本名ではなく、仮に名乗っているに過ぎない。元の世界のしらがみを断っている……ということらしく、とにかくその元気さ、やんちゃぶりにはオレも手を焼いている。
「師匠なら、結界にも詳しいだろ?」
「詳しいだろ? じゃない! おいおい、レント君。まさか、タダで結界術を学ぼうっていうんじゃあ、ないだろうねぇ?」
「分かっていますよ。一応、教師として稼いでいるんで、そこそこ要望には応えられます」
「いい心掛けだ。……で、何が知りたい?」
「この学園に、結界が張られているはずなんだが、それが時々、破られている気配がある」
「レント君。結界というのは、何も完璧じゃないのさ」
「どういうこと?」
「織り上げられた絹糸、それを何枚重ねても、水は染みてくる……だろ? それと同じさ。複数の魔法陣をつかい、効率的に魔獣を忌避するよう魔術を織り上げていっても、穴なんてものはたくさんあるのだよ」
「じゃあ、この学園も?」
「もちろん! うちもその隙間から入ってきたのだ‼ ふははははッ!」
エクセラは魔力自体、そう多くない。でもその知識や経験が極めて豊富であり、オレは常に結界を中和する魔法をつかっているけれど、エクセラはそんなことをせず、結界のすき間を通ってきたようだ。
逆に言えば、こういう人だから呼びだしても、あっさりと応じてくれるということでもある。
「魔獣がそうした隙間を通ることは?」
「まずないね。魔獣は動物が、魔に中てられたものだ。結界のすきまをみつけて、そこを通るような高度な知能は持ち合わせていない」
「じゃあ……」
「恐らく、誰かがその結界のすき間を広げ、魔獣を誘導したんだろうね」
「そんなことができるのか?」
「結界の位置、内容を知れば、結界を少しでも勉強した者なら簡単だよねぇ~」
学園がオレに結界について教えないのは、悪用されることを恐れて? でも、すでにそれを知る者がいて、悪用したってことか……? そうなると、校長もグル……ということになりそうだが、それとも単独で、結界の位置やその内容を把握した者がいるのか?
「レントも青二才だと思っていたら、立派に教師をしているみたいだね。だったら私の出る幕はなさそうだ」
「え? ここまで来たんだから、手伝って……イテッ!」
エクセラはオレの尻を蹴ると、脱兎のごとく走って行ってしまった。
行動が破天荒すぎて、予測不能のところは相変わらず……だけど、結界について話を聞けて良かった。
オレが学園にもどってくると、聖女候補生たちは声楽のレッスンを受けており、校舎からは大きな声が聞こえてくるけれど、実は聖女になるにあたって、声楽というのが鬼門らしい。
声の出し方を一から学び直すのが声楽だけれど、腹式呼吸にすることからはじまって、音のつくり方、気持ちの乗せ方など、歌をうたう上での基礎を徹底的に叩きこまれるのだ。
聖女候補生たちは毎回、泣きながらその授業をうける。でも、これがしっかりできていないと、それこそ歌うところまですすめない。声楽を先に学ぶことで歌うことができるのだ。
聖女ララが来訪し、みんなも聖女になる……と、改めて気持ちを昂らせているが、その高いハードルになっているのが、声楽であり、他がどれほど優秀でも歌とダンスができないと、聖女にはなれない。
声楽の講師、ルミアが厳しいのはそうした事情もある。甘いことを言っていても、聖女にはなれない。だから聖女候補生たちも、泣きながら、歯を食いしばってついていくしかない。
優等生であるレイラ、ケイト、セフィーでさえ、声楽では怒られ、半泣きで授業をうけるそうだ。
ルミアは元聖女候補生だけれど、その優秀さから、声楽の講師としてたびたび採用されており、全員を次の歌唱の講義へとすすめないと……と考え、それが優秀さにつながっている。
オレは教師として、未来を夢見てがんばる生徒たちを、応援するだけだ。結界破りによって、危険にさらすというなら戦う。
今はまず、結界についての情報を調べるところからだ。すき間を通ってきた……という師匠のおかげで、どこに穴があるかは何となくわかった。後は魔法学講師としてできることをするだけだ。
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