第14話 聖女降臨



 聖女、ララ・アヴィス――。

 彼女が学園に慰問として訪れる、というので朝から学園の中がそわそわし、何だか気ぜわしい。

 オレにとって、聖女を目にするのは初めてだが、エマが「ララは私と同期なの」と嬉しそうに語る。

 今は会場の準備中であり、体育館をライブ用にととのえているところで、聖女候補生たちも忙しく働く。

 聖女になろうとする動機は様々だが、やはり〝憧れて……〟が多い。その憧れの聖女様が目の前でライブをし、その後で色々と話ができるのだから、朝からみんなウキウキだ。

 オレもそれを手伝っていたが、ルミアが血相を変えて走ってきた。

「大変! 聖女ララの乗った車両が襲撃をうけたって……」

 ルミアは声を潜めて、オレにそう告げる。

「どういうことだ?」

「街道で魔獣に襲われたそうです。学園で戦えるのは、ヨーダ先生だけだと……」


 オレもすぐに走った。……正確に言うと、飛んだ。宙を舞う魔法は、実はそれほど難しくない。ただ下りるときはかなり難しい。その衝撃を和らげないと、墜落と同じになるからだ。

 下りられる自信がないと空飛ぶ魔法はつかえないが、オレはそれをつかって高速で飛んでいく。

 街道をこちらに向かって走る馬車三台をみつけた。後方にオオカミ型の魔獣が数頭で追いかけている。

 オレはその場に下りると、すぐ「ブリスタ・フェン・ロァム・フレイル!」と唱える。火魔法の初級だが、オレの魔力で火柱が上がり、さらに「ディーグ・レッスス・イグニス・グロブス‼」と叫ぶ。

 するとその炎の柱から火球が次々と飛びだし、オオカミたちに直撃すると、その毛皮で包まれた身体が燃え上がる。

 魔獣はすでに死んでおり、身体が腐りかけているため、高い熱をかけた炎でよく燃えた。

 灼けるオオカミ型の魔獣をみつめ、オレはブレシド・セインツ学園でおきた、結界破りを思い出していた。

 街道にも魔獣除けの結界があるはずで、威力は低いけれど、これほど大量の魔獣が襲ってくるのは異常といえた。

 馬車の一代から、一人の女性が降りてくる。

「救援、感謝します」

 そう深々と頭を下げる女性をみて、オレもすぐに気付く。

「ララ・アヴィスさんか……?」

「はい。あなたは?」

「学園の魔法学講師、ヨーダだ。聖女様一行はこれだけか?」

「いいえ。護衛の馬車が三台いたのですが、魔獣の追撃を食い止めるために残る、といって……」

「分かった。聖女は学園に向かってくれ。オレはその護衛を助けにいく」

「お一人で……大丈夫ですか?」

「こう見えて、魔法については少し詳しいんだ」

 そういうと、ニヤッと笑ってオレはふたたび飛び上がった。


「いくよーッ!」

 ララが舞台に立って、そう声をかけると、聖女候補生や講師たちも立ち上がって歓声を上げる。

 到着がかなり遅れてしまい、ライブのみの編成となったが、これは聖女候補生たちにとって、よい手本となるはずだ。

 バックバンドではなく、魔法をつかった簡易的な音源で、かなり簡素化されているけれど、ライブの雰囲気はばっちりだ。

 でも聖女のダンス、歌、どれも超一流で、決して安っぽさを感じさせない。それどころか、迫力のある歌声は、さっき魔獣に襲われそうになり、か細い声をだしていた少女と同一か? と思わせるほど激しいもので、聞く者の耳朶をふるわし、心をゆさぶってくる。

 三曲ほどの、ミニライブという感じだけれど、三曲目にしっとりとしたバラードを歌うときには、何人かは涙を流すほどだった。

「みなさん。憧れをもって聖女候補生となった人も、今は自らの力不足、努力をしても聖女になれるの? という不安。そんなものに押しつぶされそうになっているかもしれません。

 でも、努力したことは必ずその人のためになります。必ず夢が叶う、努力が報われる、とは言いません。

 だけど、今を頑張っている人には、私たちがいます。聖女がいつもあなたたちの傍にいます。それを忘れないでください」

 彼女がそうライブをしめるときには、多くの者が涙を流すほど、感動でいっぱいのステージとなった。


 護衛として聖女に付き従っていた兵士のうち、半数が魔獣との戦いで亡くなっていた。兵士の補充があってから旅立つのかと思っていたが、ララは首を横にふって「私を待つ人がいますから……」

 落ち着いた様子で、そう語る。

 感情を殺し、まるで無味乾燥なその様子にオレも驚くけれど、一喜一憂していては聖女として旅などしていられないのだろう。

 聖女も魔法がつかえるけれど、戦闘用として訓練されたものでない。そういう諦観も混じっているようだ。

「私たちは人々の心に寄り添い、癒しを与えることが仕事です。止まってはいられません」

 校長、教頭、講師たちにそう挨拶をすると、ララは次のライブの場所へと旅立っていった。

 ただ学園関係者と、聖女候補生が観客だったそこに、ゴドリーの姿がなかった。

 別に強制ではないし、参加は自由ではあるけれど、滅多にみられない聖女のライブを、用事もないのにわざわざ回避する理由はないはずだ。

 聖女と顔を合わせたくないのか? 長く学園で講師をつとめていた彼への疑惑が、深まる一方だった。


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