第9話 襲来(インヴェイド)
ゴドリーが来てから、講師陣たちにも緊張があり、ぴりぴりする。何しろ、授業の間、彼が覗きにきて何やらチェックをするのだ。
査定にひびく? それは分からないが、彼は別の目的をもって活動していることが分かる。
それに、オレが気にしているのは、彼はただの講師ではなく、優秀な魔導士であることだ。
この世界では、エルフ族やドワーフ族といった魔法に長けた種族もいるけれど、人族との交流は希薄だ。
人族にとって、魔法はギフトに近い。多くの者はわずかな魔力をもつぐらいだけれど、時おり庶民であっても大きな魔力をもつ者がいる。聖女候補生でいえば、アイネスやリーリャがそうだ。これは生まれながらの資質であり、血筋や家柄とはほとんど関係ない。
ゴドリーの魔法は、ただただ底知れなさを感じさせた……。
歴史学の講師であり、ブレシド・セインツ学園に何度も講師として招かれているらしい。
学園に来るタイミングが少し遅かったのは、聖女候補生は庶民もおり、文字の読み書きすらできない子もいるからだ。
ゴドリーはその出自すら不明であって、それはオレと同じ。能力重視で採用されていることが分かる。
鬼族とは考えにくい。ロマンスグレーを丁寧になでつけた髪型に、角を隠すような場所はない。
エルフ族のような耳長でも、ドワーフ族のような短躯でがっちり……でもない。
人族にしてはやけに高い魔力も、彼へのギフト? それで優秀な魔導士へと自らを鍛えたか……?
今のところ、何も分からないことが恐怖でもあった。
「先生、ちょっと見てもらえますか?」
魔法学の授業は座学と、実践が半々ぐらいであり、実践は広い校庭にでて、不測の事態に備えられるようにしている。校舎を燃やされたり、水びだしにされてはたまらないからだ。
そんなとき、セフィーから声をかけられた。彼女はあまり魔法学に関して優秀ではない。貴族としては期待外れ……という感じだけれど、同じ貴族のレイラがそれ以上にひどいので、目立たっていない。
ただ、連れ戻しにきた親をオレが追い払ってから、魔法学にちょっと興味をもったようだ。
「集中力はいい。ただ、杖の高さが一定していない。紋章百葉の上をなぞるとき、高さがちがってしまうと、形にムラがでて、うまく発動できないんだよ」
「はい!」
うれしそうに、そういって魔法にとりくむ。何だか、オレをみつめる目が輝いているのが気になるけれど、こうしてやる気を見せてくれると、魔法学の劣等生でも教えがいもある。
一方で、貴族でももう一人の劣等生、レイラは詠唱列叙に挑んでいるので、未だにかすりもしていない。ただ彼女も、魔法をつかう方法はこれしかない、とオレに釘を刺されているので、一生懸命にとりこんでいるようだ。
その他でも、負けず嫌いのライカは魔法が苦手なのに、まじめに取り組んでおり、フェリシアやアイネスは魔法適性も高く、彼女たちなりに詠唱列叙を成功させようと頑張る。
問題はユリア、ミシェラ、バーバラ、クィネの四人だ。オレに魔法の適性がない、とはっきり言われたことで、やる気を失っているたようなのだ。
魔法をつかえずとも、聖女になれるのだから……と開き直ったのか? ただ、そうやって不真面目な態度をとると、聖女になるための資格として、問題がでてしまうのだが……。
このブレシド・セインツ学園は人里離れた……というか、かなり自然豊かな場所にある。
それは聖女としてお披露目するまで、人目につかないよう隠す意味もあって、そうなっているのだ。
そのため深い森にかこまれているのだが、そこから危険な空気を感じた。
巨大なオオカミ型の魔獣が、そこに現れた。通常、結界をはっているため、魔獣は近づかないはずなのに……。
聖女候補生たちは初めてみる魔獣に恐怖し、悲鳴を上げる者もいる。
魔獣は〝魔〟にとり憑かれた動物のことで、人を襲う。魔法すら駆使する、危険なものだ。
こういうときのために、魔法学の講師は強力な魔導士なのだ。オレは一歩、すすみでた。
「ウェント・エス・テヌエ・グラディオ‼」
オレが手を前にさしだし、そう唱えると、手の先には魔法陣があらわれ、そこからカッターのようなものが飛びだしていく。
その無数の風の刃に斬り刻まれ、魔獣はその場に倒れてしまった。
「先生、やったーッ!」
聖女候補生たちは無邪気にそう喜ぶけれど、オレは倒れた魔獣に近づき、首を傾げていた。
それほど強力な魔獣ではない。結界をやぶってくるほどの、強力な魔力も感じられなかった。
誰かが手引きしないと、この程度の魔獣が結界を超えることはないはずだ。
聖女候補生たちを試す……。むしろ、オレか?
魔法学の講師として、適任かどうかは実戦をみるに限る。あえて魔獣を引き入れ、襲わせたか……。でも一体、誰が……?
そのとき、ふと校舎から視線を感じてそちらをみると、ゴドリーがこちらを観察するよう、じっと見つめている姿があり、オレと目が合うと、ぷいっとどこかに行ってしまう。
これは新たな脅威なのか……? オレも何だか嫌な感じを抱いていた。
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