第8話 魔法応用
オレは放課後、リーリャと二コラから呼びだされて、校舎裏にやってきた。
この二人……、特にリーリャはすでに詠唱列叙による魔法を身につけ、二コラも惜しいところまではいっている。そんな二人がさらに難しい技を習得したい、といいだしたのだ。
「確かに、詠唱列叙による魔法は応用が利くが……、まだ早い」
オレははっきりとそう伝えた。
「でも、私たちは他に武器がないんです!」
リーリャは最年少で、一般教養が苦手……というか、年齢的なこともあって成績がよくなく、ダンスも身体が小さくて見栄えがしない。
二コラも庶民の出の十二歳、リーリャとほとんど状況は変わりない。
リーリャは幼女特典もあるが、幼くて可愛い……は、聖女としてのアドバンテージになりにくい。
かつての聖女候補生が、魔法は重視されないと言っていたが、彼女たちにはちがうらしい。
美貌、スタイル、ダンス、歌唱……。彼女たちにはそういう武器がないと自覚するからこそ、何かきらりと光るものをみつけたい……。そう考えるのだろう。
「例えば、ブリスタ・フェン・ロァム・フレイル!」
オレがそう唱えると、オレの指先に小さな魔方陣が生まれ、その上にライターの炎ぐらいの小さな火が生まれた。初日、やらかした炎の初期魔法Ⅲだけれど、今は魔力を抑えている。
「これはブリスタ……輝き、フェンは前置詞で、ロァム……小さな、フレイル……炎という単語を並べて『小さな炎よ、輝け』という詠唱をしていることになる。
フェリシアが最初、紋章軌道によって発動しようとしたとき、ロァムの部分をロゥムとなぞっていたから、ロゥム……散れ、となって『散った火が輝く』となり、うまく発動できなかった。意味的には通っていそうでも、文法的には間違いだから……というのもある。
このブリスタのところを、ロリエルに替えると……」
指先の炎を消して「ロリエル・フェン・ロァム・フレイル!」
そう唱えると、指先に魔法陣が浮かび、そこから炎が渦を巻くようにして吹き上がった。
「これが応用。古代語は失われてから永く、魔法の上級者でも、未だに探求がつづくように、すべての単語について正確な訳がついているわけではない。ただ単語の意味を知っても、実際にはつかえないことも多いんだ。さっきのロァムと、ロゥムの違いのように……。
一応、オレが調べて確実と思われるものを書き出してみた。単語をただ替えるだけだと、予想外の結果を招くこともあるから、今はオレの確認をとってからにしろ。何しろおまえたちはまだ、魔力の制御もできていないからな」
彼女たちが魔法に注力したい気持ちもわかる。それはきっと、後半になるとライブ演出という授業があるからだ。それまでに魔法を鍛え、自らライブを盛り上げられるとみせたいのだ。
二人とも魔法適性が高いだけに、この分野でトップをめざそう……と考えてのことだろう。
しかしそれと逆の意味で、四人の生徒から呼びだされた。
ユリア・イエスタ――、十五歳。ミシェラ・ホール――、十五歳。バーバラ・ハートネット――、十四歳。クィネ・ティン――、十四歳。
この四人は、要するに補修に呼ばれなかった……とクレームをつけにきた。
「私たち、まだ魔法についてうまくできていないんです。私たちこそ、補修をするべきではないんですか?」
四人の中ではリーダーらしい、ミシェラにそう詰め寄られる。この四人は庶民の出であり、家庭教師をつけて……といったこともなく、学園にきて初めて魔法にふれたような子たちだ。
「魔法には適性がある。これまで魔法について学んだことがない子でも、適性があるケースもあるが、そうでないケースも勿論ある。
はっきり言おう。残念ながら、キミたちは魔法適性が低い」
クィネはショックで倒れそうになるが、ミシェラはむしろ怒りを籠めて「適性の低い子でも、魔法をつかえるようにするのが、講師の務めなんじゃないですか⁉」
「魔法への適性は、鍛えることはできない。これは生命力の問題だ。マナへの変換がうまくいかない……とかではない」
彼女たちは、マナへの変換ができないレイラのことを馬鹿にしていた。それはレイラへのやっかみ、嫉妬もあったりして、レイラが魔法を苦手とすることで少しの優越を得ていた。
そんなレイラが補修に呼ばれたことが気に食わない。
「魔法適性の高さとは、純粋さ、そこからくる集中力だ。他人のことを気にしている時点で、その適性はない」
はっきりとそう言われ、四人はすごすごと退散する。聖女には心の美しさ……も求められる。他人のことを妬んだり、恨んだりしていては、そうした部分の成績も低くなってしまう。
他の講師だと遠慮していわないからこそ、オレが指摘したのだが、どうやらまた怒りを買ったようだ。
しかし聖女候補生はライバルであって、どうしても競争心から、相手を蹴落とそうとする者もでてくる。
こうしたシステムにするから、それがトラブルにも発展するはずなのだが、わざとそうしている理由が何かあるはず……だった。
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