第4話 妨害(オブストラクション)



「先生、そこ、間違えています」

 冷静にそう指摘され、オレも無言のまま黒板の字を書きなおす。そう指摘してきたのは、聖女候補生十二人の中で、三人しかいない貴族のうちの一人、セフィー・レンブラント――。

 学業の成績はトップクラスの、十五歳だ。

 彼女たちの中には、まだ魔法についての知識が足りない者もおり、それを危惧して今回は座学である。そこで板書した文字の間違いを指摘された。

 この世界の言語、文字については転移してきたとき、オレはすでに理解していた。むしろ翻訳できていた……といっていい。しかし油断すると、書き間違いを連発してしまう。

 セフィーは学業の成績は優秀だけれど、それ以外はむしろ平均以下で、その原因もはっきりする。

 ド近眼――。今も講堂の一番前にすわるけれど、それは黒板の文字が見にくいからだ。牛乳瓶の底……と昔なら表現されたろうが、分厚い、虫眼鏡のようなものをかけている。

 日常生活にも支障があるレベルで、眼鏡をはずすと生活もできない。そのせいで魔法も平均以下。何しろ紋章の細かい部分がみえていないから……。


「魔法について、無知識な者もいるみたいだから、今日は初歩の初歩から講義してやろう。

 魔力とは生命力のことだが、イコールではない。生命力をマナに、マナを魔力として利用する二段階の仕組みだ。頭に白い光を思い浮かべ、それを杖にそそぐイメージ――と教わったこともあるだろう。白い光……それがマナだ。

 マナに変換しただけで軽く疲労するのは、生命力をけずっているからだが、マナを生命力にもどすのは難しい。一度生成したマナは魔力として消費するか、消滅させるしかない。

 だが……。みんな、ここに一列に並べ」

 聖女候補生たちを、黒板に向かって一列に並ばせた。

「目を閉じて、白い光を思い浮かべて……。その大きさが今の、お前たちのマナの量となる。

 はい、目を開けていいぞ。どうだ? 疲労しているな」

 オレはそういうと、みんなの背中、その中心辺りを少し強めに小突いていく。

「な、何をするんですの⁉」

 フェリシアは怒りを見せるが、オレも「どうだ? 疲労感が軽減された気がするだろう?」

「あら? 本当……」

「悪い方に入ると危ないが、うまくやれば生命力にもどすこともできる。これは憶えておいて損はない」


「紋章軌道では、紋章の意味を理解しなくても、その形をなぞるだけで発動するのが肝だが、しっかりと意味を知ることも大切で……」

 そういって、紋章の説明を黒板に書いているとき、セフィーから誤字の指摘をうけたのだ。

 授業の妨害だけど、こればかりは……。そう思っていたとき。教室に飛びこんできた中年男性がいた。

「セフィー、帰るぞ!」

「お父様……待って……」

 青ざめ、腰がひけるセフィーの手をひっぱり、強引に連れ出そうとする。娘が聖女になることを快く思わない親もいることは知っていた。

 教室が騒然とするが、相手が親だけに誰も手をだせない。このままだとセフィーは連れていかれる……。彼女は激しく抵抗し、かけていた眼鏡もとんだ。

 オレはすっと前にでて、父親の腕をつかむ。

「貴様、貴族に逆らうのかッ‼」

 そう凄んでくるが、リーゼント頭にグラサン教師に初めて気づき、完全にビビッている。

「貴族とか、どうでもいいんだよ。ここは学園で、今は授業中だ。子供たちは、親のいうことより、教師の指示をきく必要がある」

 子供のため……と言いながら、子供の意思ではなく、コントロールしようとする親は多い。子供を逆らえなくしておいて「そうだな?」と、親への同意を強制する。

 毒親――だ。


 しかしセフィーは今、明確に親への拒絶を示した。

 なら、教師としてやることは決まっている。「教室では、貴族より、親より、教師の方が強いんですよ」

 オレは前の世界でも、そういう親は大嫌いだった。

 さらに文句をいおうとした父親だが、オレは手を放さず、その手の上にいくつか紋章が浮かぶ。

 何か魔法をつかいそう……と気づき、父親も這う這うの体で逃げていった。

 恐らく新任の魔法教師は、炎の初期魔法で火柱を上げた、という話は耳にしていたのだろう。

 コワモテのつもりだが、保護者からも恐れられて……。

「あ……ありがとうございます」

 セフィーもやっと生きた心地がしたのか、そう頭を下げてくる。

「助けたつもりはない。教室で騒いだから諫めただけだ。おまえは……自薦だったんだな?」

 聖女候補生として択ばれるためには自薦、他薦、聖女選定委員会による強制……といった事情が考えられた。

 セフィーも頷きつつ「私は……家の道具にされるのが嫌で……」

 賢い彼女にとって、政略結婚の道具とされることが我慢できず、聖女候補生となれば回避できる……と考えたのだ。

 たしかに、眼鏡を外したその顔は、聖女としてふさわしい気品と、美しさに満ちていた……。

 つい手をだしてしまったが、貴族に逆らった形となり、これから色々と影響があるかもしれない。

 でも、オレは教師をやり直したくてこの学園にきた。今はセフィーに笑顔がもどったことをよしとしよう、そう思っていた。

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